第7章
崩れゆく砦
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 声のした方に何げなく目を向けると、そこに見覚えのない男がいた。

 白いジャケットに白いスラックス、ブラジリアンパークのこの場に不似合いな装いで立つ男に、美奈と百合子は思わず引く。

 一瞬、見合いの後のデートでもしているのかとお相手を捜してしまうのは百合子。

「君たちのボディガードは遊びに夢中のようだね。僕の気配すら気づかないあの二人では、明らかに人選ミスだったようだ。余程、人手不足らしい」

 気障ったらしい口調で話す相手の言葉の内容から、百合子は何だか危険を直感する。すぐに美奈の手を握ると、そのまま全速力で駆け出した。

「どーしたの、ユリちゃん?」

 飲んでいたジュースをうっかり取り落としてしまい、もったいないと振り向きつつ聞く美奈。

 百合子は答える間すら惜しむように黙って駆けたが、いくらもしないうちに立ち止まった。その背に危うくぶつかりかけて、美奈も足を止めた。

 その目の前に、先程の男が涼しい顔で立っていた。百合子も美奈も全速力で走って息が上がっていると言うのに、相手の男は息ひとつ切らすでもなく、平然としていた。

「逃げないでくれたまえ。僕は決して怪しい者ではない」
「怪しい人間が自分から怪しいなんて言う訳ないでしょ」

 百合子は美奈をかばうように前へ出る。睨む百合子に、相手の男は軽く肩をすくめる。

「勇ましいお嬢さんだ。怒鳴らずに僕の話を聞いてもらえないかな。じゃないと、杳くんも戻って来られないんだよ」

 杳の名に、美奈も百合子も思わず相手を睨む。

「そんなに怖い顔をしないでくれたまえ。せっかくの可愛い顔が台なしだよ」

 その気障ったらしい口調も気に入らなかったが、それよりも気に入らないこと――自分達の関係が、ごく限られた者達だけにか知られていないと言うことだった。つまり、自分達仲間以外に知っているのは、敵だけである。

「父竜…!」

 恐る恐る口にした名に、相手は笑みを浮かべる。

「知っていてくれていたとは光栄だね。だが、現世での名は明日香揚と言う。できればこちらで呼んでもらえないだろうか。この年で11人の子持ちなんてやっていられないからね」

 ふざけた口調であるが、美奈も百合子も背筋が凍りつく思いがした。この、目の前にいる者が、竜王ですら敵わない化け物で、杳を死に至らしめた張本人なのだ。

「許せないっ」

 噛み締めるように言う美奈。

「杳さんが一体どんな悪いことしたって言うのよ? 殺しちゃうなんて、ひど過ぎるっ。あんたなんて、サイテーよっ!」
「美奈ちゃん」

 相手の眉がピクリと上がるのを見て、慌てて美奈を止める百合子。こんな人の多い場所で怒らせて何か攻撃でもされたら、関係ない人達にまで被害が及ぶことになる。

 が、案に反して父竜――揚は態度を変えることはなかった。

「杳くんのことは、僕も大人気なかったと、今では申し訳なく思っているんだ。だからこうして、今日、君たちの前へ現れたんだ」

 揚は、そう思っているとはとても信じ難い表情のまま続けた。

「どうだろう。僕なら杳くんを生き返らせることができる。天人達にすらできないことでも、僕にならできるんだが」


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