第7章
崩れゆく砦
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「何だ、女の子用品、買いに行くんじゃなかったのか」

 隣市にある遊園地へ連れて行かれ、寛也は半分ホッとしながら呟く。観覧車に乗って、眼下に瀬戸内海をはるかに見渡しながら。今日は天気も良くて、海の色も深い碧をたたえていた。

 その寛也のちょっとした呟きを耳聡く聞き付けたのは、隣に座っていた百合子だった。

「何か言った?」
「べーつに」

 窓の外に目を向けたまま、寛也はつまらなそうに答える。

 露の言う買い物に付き合う覚悟で来たと言うのに、連れて来られたのが絶叫マシーンで有名な遊園地だったので、少々拍子抜けした面もあった。これはこれで、助かったと言えるのだが。

 そんな寛也とは正反対に、正面の席では露が何とかみんなを盛り上げようと饒舌に冗談を飛ばしていた。関東の人間のくせに、下手な関西弁を駆使してお笑いネタを披露する彼に、意外な一面を見た気がしたが、からかってやる気分でもなかった。

「ね、向こうに見える島、何? 大きいわね」

 つと、百合子が指さす先の水平線に、緑の陸地が見えた。

「あ。あれ、四国よ」

 幾分元気になった美奈が答える。

「うそー。ここから見えるの?」
「うん。天気のいい日にはね。橋のむこうの付け根の所が坂出よ」
「へー」

 聞き覚えのない地名に、百合子はうなずいてみせる。瀬戸内の島々を縫うようにして架かる備讃瀬戸大橋は、この児島と香川の坂出を結んでいる。

「そうだ。今度香川へ、おうどんツアーに行かない? この前、友達がおうどんマップをくれたの」

 パンと手を叩いてそう言うが、すぐに美奈は表情を曇らせる。

「ホントは杳さんを誘いたかったんだけど」
「美奈ちゃん…」

 沈みかけた空気をすかさず盛り上げようとすのは露。ことさらに明るい越えを出す。

「だったら、オレが付き合うよ。讃岐うどん、うまいよなぁ。お前らも一緒に行こう。結崎も付き合えよ」

 いきなり話を振られて、寛也は即答できなかった。その寛也の返事を待たずに、露は続ける。

「よし、決まりだな。じゃあ、次、あれ乗ろうよ」

 露は降り始めた観覧車から見下ろせる遊具のひとつを指さす。そこから、遠く、絶叫が聞こえていた。


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