第7章
崩れゆく砦
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 ――ヒロ…。

 あの時聞こえたのは、確かに、杳の声だった。

 力の制御ができなくなったまま、燃え盛る炎の中にいた寛也を諭すように、なだめるように聞こえた、聞こえる筈のない声。たった一度、寛也を呼んだだけのもの。そして、その時見えた幻――光る珠の温もりも、まだこの手の中にあるような気がする。

 杳はもう、失われてしまったと言うのに、寛也は未だその存在を近くに感じていた。それが、幻だと思いながらも、どうしても否定できずにいた。

「杳…いるなら答えてくれよ。お前の魂、まだここにあるんだろ?」

 柔らかに握り締めた手のひらに、そっと口づける。

 だが、求める声が聞こえてくることはなかった。

「俺、これからどうすればいいんだよ…お前がいないのに…もう、守ってやることもできないのに…」

 俯いて呟く寛也。

 つと、耳元でさわりと、ほんの僅かだけ空気が揺らめいた気がした。慌てて顔を上げたが、しかし、そこに何もある筈もなく、思わずため息が漏れる。

 いる訳がないのだ。杳は死んだ。そのこととを十分過ぎる程に知っている筈なのに、まだ側にいてくれるような気がしてならなかった。

 まだ、寛也を見守ってくれているようで、叱咤してくれているようで。

 あの罵声が聞こえる気がした。

 ――ばかヒロ。

「そうだよな、杳…」

 露の言う通りなのだ。こんな情けない自分なんて、杳に見せられない。もしも、本当に側にいてくれるのなら、逃げてはいけない気がした。まっすぐ前を向いていなければならないのだ。

 杳がそうだったように。自分も――。

 と、その時、部屋の外に人の気配がした。

「誰だ?」

 露は先程出て行ったばかりだ。まだ言い足りないことでもあるのだろうかと思って聞いた声に、答えてきたのは少し控えめなそれだった。

「僕です。浅葱です。入ってもいいですか?」
「浅葱…?」

 次から次へと説教だろうか。そう思うと、おもしろくない気がした。自分が不甲斐ないのが原因ではあろうが。

 浅葱はそっと障子を開けて、顔だけ覗かせる。


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