第7章
崩れゆく砦
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とても眠れなかった。
夜中、本当に潤也が様子を見に来たのを、寝たふりでごまかした。
部屋に入ってきた潤也は、翔の背を布団の上からポンポンと軽くたたいてから、何も言わずに、すぐに出て行った。子どもを寝かしつける時のようなその仕草に、起きていることは知られたと思った。
そんな夜を延々と過ごした。
ふと気づくと人の気配が廊下を行くのが聞こえた。誰かが起きたのであれば自分も布団を畳もうと思って翔は起き出した。
障子を開けると、部屋の外は既に昼前だった。
と、中庭の少し離れた場所にいた潤也に声をかけられた。
「早いね。もしかして起こしちゃった?」
静かにしていたつもりだったのにと、苦笑を浮かべる潤也。この人こそ寝ていないのではないかと思うくらい、疲労の影を深く残したままだった。それなのに、向けて来る笑顔は完璧だった。
「いいえ。丁度、起きようと思っていたので。潤也さん、何をしているんですか?」
廊下から庭に降りて、そこが昨夜まで白砂だったものが緑の花壇に変わっていることを知る。潤也がしたのだろう。石を全て取っ払って花壇の淵にはレンガを敷き詰めて。本当の結界の持ち主はまだ紗和ではないのかも知れない。
「花を植えようと思ってね」
「花?」
ここは結界の中である。わざわざ植えなくとも、その景色を作り出すことはたやすいだろう。それなのに、手ずから植えようとしているようだった。その翔の表情を読んで、潤也は苦笑を浮かべる。
「杳がね、白砂にしているとヒロが無造作に踏み荒らすから、見苦しいって言ってたんだ。花でも植えたら、いくらヒロでも荒らしたりしないだろうって」
「それで…」
シャベルで土を均す潤也。もしかして、術を使ったのではなくて、自分の手でこの庭を造ったのだろうか。ここは庭のないアパートだから、土も外から買って持ってきたのだろう。この広さから見て、ホームセンターを何度往復したのだろうか見当もつかなかった。
「杳にしてあげられること、もう他にないから」
ポツリと言った潤也の背中は、ひどく頼り無さそうだった。今まで自分を引っ張っていてくれていたのが嘘のように思われた。
この人も、自分と同じように傷つき、耐えていているのだと、一心に土を敷き詰めていく姿に思った。
「潤也さん、僕も手伝います」
翔は少し声を張り上げて元気に言う。そして、庭に飛び降りた。
何か道具はないかと辺りを見回していると、賑やかな足音が近づいてくるのを聞いた。
見ると、中庭の向こうの渡り廊下を全速力で駆けてくる露がいた。
「おおっ、いたいた」
潤也と翔の姿を見つけて、露は廊下から庭に飛び降りてそのまま横切ってきた。スリッパのままで。
「お前ら、テレビ見たか?」
露の慌てた様子に、潤也と翔は顔を見合わせて、代表して翔が尋ねた。
「何かあったの?」
「何かってもんじゃないよ。とにかくテレビ、テレビ。携帯じゃ、良く分からないからな」
言って、露はそのまま廊下へ上がった。何をどうしたものか、スリッパの裏は土ひとつついていなかった。そのまま、テレビの置かれている広間へ走りだす露を追って、潤也と翔も廊下に上がった。
* * *