第7章
崩れゆく砦
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つい先程まで杳を寝かせていた部屋である。こんな所に一人でいてもろくなことを考えないだろう。
後から入った寛也は珍しくもきちんと入り口を閉めて、すぐに畳の上に胡座をかいた。
「あ、座布団」
一旦座ろうとして、潤也は思い出したように言う。
「いらねぇよ。どうせ寝るだけだし」
「それもそうだね」
言って、潤也も同じように畳の上に胡座をかいて座った。
座してみて潤也は、何から話していいのか考えていなかったことに気づいた。元々、杳のことで自分も随分動揺しているのだ。本当は寛也のことを心配できる程に心に余裕があった訳でもない。
と、何を話そうかと一瞬考えている間に、寛也から声をかけてきた。
「ジュン、お前、杳のことずっと好きだったんだよな」
「え?」
突然寛也にそう言われて、潤也は顔を向ける。
「身体の弱かったお前が、何をやるにも自信がなくて、やっとできた初恋の相手に一年も片思いした揚げ句…」
「ヒロに掻っ攫われちったもんね」
寛也の言葉尻を取って潤也かそう言うと、寛也は僅かに口元をほころばせる。が、すぐに厳しい顔で目線を落とす。その寛也に、潤也は素直な気持ちを言葉にする。
「素直じゃないし、頑固で、正しいと思ったら何が何でも突っ走るし、手に負えなかったけど…でも、僕には大事な天使にも思えた。好きだったよ、杳のこと。何よりも大切だったんだ」
潤也の言葉はまるで告白のように、寛也には思えた。
もう、決して告げることはできない告白。未来永劫、思いは届かないと知っているから、胸にしまっていた思い。
「でもね、杳はヒロのことが好きだったんだ。きっと、ヒロが思っている以上にね」
「…ああ」
寛也は僅かにうなずく。
杳が自分にどれ程の思いを寄せていたのか、今では十分過ぎる程知っている。。それを自分は信じられなくて、何度も悲しませていたのだ。あの性格だから気にもしていない様子を見せながら、本当はじっと身の内に溜め込んでいたことだろう。
それなのに、最期まで寛也を選んでくれた。自分の側にいてくれた。本当に、今度こそ幸せになって欲しいと願った唯一の人だったのに。
「だけど、俺は杳のこと、幸せにしてやれなかったんだ」
「そんなこと、ないと思うよ」
潤也の言葉に顔を上げると、潤也は寛也と顔を合わせないように壁の一点だけを見つめていた。
「杳はヒロだけの側にいたいと思ったんだ。だから、この結界から抜け出した。僕達や翔くんじゃない、たった一人の人の側にいたいと…」
少し言葉を詰まらせながら言う潤也の横顔は、辛さを耐えたものだった。
「…あいつ、あれで良かったのかな?」
ポツリと呟く寛也に、潤也は「うん」とだけ答えて顔を伏せた。
黙ってその横顔を見つめながら、寛也は自分の手をぎゅっと握り締めた。
* * *