第6章
君がために
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「愛だの恋だの、空々しい。いいかげんに目を覚ませ。人間にそんなものは存在しない」
揚は再び手にしていた気を少しずつ膨らませる。
「そんな人間など置いて、逃げるなら今のうちだよ」
「ざけんじゃねぇっ!」
寛也は怒鳴って、自らも炎の力を膨れ上がらせようとする。が、近くに杳のいることに気づいて、すぐに気を静める。そして、はっきりとした口調で返す。
「俺は、死んだって杳を守る」
「たとえどれだけ思っても、いつかは裏切るんだ。お前はそのことを分かっていない」
「分かってねぇのは、てめぇの方だっ」
今になって気づく。目の前に立つこの強大な竜気を持つ者は、かつての自分自身だったのかも知れないと。杳の気持ちを疑って、離れていこうとした自分と同じなのだ。大切なものを自ら捨ててしまったあの時の自分と。
しかし、今ならはっきりと言える。
「杳は俺のこと、裏切ったりしない。何があっても」
信じていられる――それだけで、身の内から力が溢れてくる気がした。
「それでも、もしこいつが他の奴のことを好きになっても、杳に幸せになって欲しい気持ちは変わらない。人を好きになることって、そういうもんだろ? 見返りばっか期待したり、相手の心ばっか欲しがるもんじゃねぇだろ?」
寛也の言葉を、鼻先で笑い飛ばす揚。
「言いたいことはそれだけか、戦?」
その手に膨らみゆく気は、バチバチと音を立てて小雷をまとい始め、それの放つ静電気が肌をチリチリ突き刺す。
あれを身に受ければ、無事では済まないことがはっきり分かる。今更恐れなどないが、勝てる気もしなかった。
そんな気持ちを寛也は毅然として振り払う。そして放った言葉。
「あ。あと一言、言い忘れてたぜ」
不適に笑って。
「杳、このピンチから脱したら、もう一回ヤらせてくれよな」
「な…っ」
さすがの揚も一瞬絶句していた。
杳は返すことすら苦しそうに、それでも呟いた。
「ばかヒロ…」