第6章
君がために
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 杳を抱えてでは、寛也は全力で走れなかった。竜体になるにしても、杳を腕の中に抱いていたのでは、超高温になる炎竜への転身はできなかった。だから、足を使って逃げるしかないのだが、揚はそれをあざ笑うかのように、寛也の行く手に姿を現した。

 それは瞬間移動にも見えるような素早い動きだった。

 寛也の前に立って、揚は見下したように言う。

「逃げられるとでも思っているのかい?」

 揚が再び手に持った光球を杳に向けてくるのを、寛也は全身で庇うように抱きしめる。

 と、腕の中で声がした。

「…逃げて…」

 その呟く声を聞き入れるつもりはなかった。

「ヒロ…お願いだから…」

 返す言葉の代わりに、寛也は抱き締めた腕に力を込めた。

 身を守る為の炎の気も出せないまま、ただ、その身ひとつで杳を守ろうとする。

 その背に立つ揚。

「いいだろう。戦、では君から消してあげるよ」

 その言葉に、杳は寛也の手を逃れようと身を捩る。殆ど力も残っていないのに、寛也を何とか押しやろうとする。

「頼むよ、杳。お前には生きていて欲しいんだ。生きて、幸せになって欲しい。俺、もうお前を失うのは耐えられない」

 寛也の願いにも似た言葉に小さく息を飲んで、杳はようやくに抵抗をやめて、その腕に顔をうずめた。

 僅かに、甘い芳香が漂う。

 愛しくて愛しくて仕方ない存在。何よりも大切な――。

 寛也は、杳の髪を優しく撫でながら。

「愛してる…杳…」

 杳の耳元で囁いて、寛也はそっと杳を放す。見上げてくる瞳に僅かに笑んでから、立ち上がった。

 振り向いて睨んだ揚は、ひどく腹立たしげに気をたぎらせて二人を見ていた。


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