第6章
君がために
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竜体を解くと、夜風がひんやりと肌を刺した。
寛也にとってはむしろ心地よいくらいなのだが、果たして、腕の中の人はそうではないだろう。
潤也の着せてくれた上着をかき寄せて、その身を腕の中へとしっかりくるんでやる。
潤也の作った風のシールドは、丁度頃合いを計ったかのように、目的地に到着すると、するりと消え失せていた。
おかげで、急に肌寒さを感じたのだろうか、少し身震いする杳をベンチに座らせて、寛也は抱き締めた杳の身体ごと穏やかで温かな気で包み込む。
夜の遊園地は、誰もいる訳でなく、静かだった。
明かりも、防犯灯だけが灯る薄暗い空間だった。
小さな子ども向けの施設であるここは、昔に良く来ていた頃と比べて遊具や建物も殆どが様変わりしていた。ほんの僅かに残る昔ながらの遊具だけが懐かしさを醸し出していた。
だが、どれも自分ではもう乗れないものばかりだと思った。
せっかく来ても、予想した通り何一つ動いている訳でもなく、ご丁寧に自動販売機ですら電気を切られていて、暖かい飲み物ひとつ手に入る様子もなかった。
「静かだな、杳」
寛也は柔らかな杳の髪を撫でながら、囁くように声をかける。その声が、闇に溶け込んでいくのを耳にしながら。
ここへ着いてから杳は一度も目を開けずにぐったりしたままだったが、寛也の作り出す気に包まれると、少し落ち着いたのか、やがて小さく穏やかな呼吸を繰り返し始めた。
ほっとしながらも、そんな杳を抱き締めたままで寛也は続ける。
「何か乗りたいもの、あるか? ジュンでもいたら簡単に動かしてくれるんだろうけど、でも、俺でも力いっぱいやれば何とかなると思うから。あ、コーヒーカップとか、良くねぇ?」
あれならどうにかなりそうだと、殊更に元気よく言った。
つと、杳の手が寛也の手に触れてきた。
「ヒロ…」
小さく、名を呼ぶ声が聞こえた。その顔を覗き込むと、そっと瞼が開かれていく。
薄暗い中であっても分かる、深く、思いの沈む瞳が見つめてくる。
「どうした? 何がいい?」
寛也は笑いかけてやりたいのに、きっと今の自分はひどく心配そうな顔をしているだろうと思った。だから、また、そっと胸に抱き締めた。
杳は寛也にされるまま、その胸に顔をうずめて。
「ずっと、ヒロの側にいたい」
腕の中で聞こえた声に、息が詰まる。それを振り払って。
「大丈夫だ。もう、離さねぇから。お前が飽きたって言っても、逃がしゃしねぇよ」
力強く言う寛也の言葉に、頷く杳。
とても愛しくて、何よりも大切な存在。できるなら今すぐこの身に取り込み、永遠に自分のものにしたい。失うことなんて考えられなかった。
「ヒロ…」
腕の中で囁く声。
「もし…この戦いが終わったら…オレね…」
ゆっくりとした言葉が幾らも綴られぬ間に、ぷつりと途中で途切れた。
と、同時に、寛也は自分の背にゾクリとしたものが走るのを感じた。
巨大な気が感じられたのだった。
とっさに振り返った先に立つ影――そこに、明日香揚がいた。