第6章
君がために
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「ヒロ…ヒロ…」
囁くような小さな声が耳に届く。寛也はゆっくり顔を上げて、杳の目を覗き込んだ。
良く見知った瞳があった。深い色を宿して、自分を見つめてくる。ずっとずっと昔から、思い続けていた瞳。
つと、その瞳に浮かぶものが玉となって、頬を伝って流れ落ちた。
杳自身、分かっているのだと知る。もう寛也の側にいられなくなるだろうことが。自分の命の尽きる時が間近に迫っていることが。
切なくなる思いを振り払って、寛也は精一杯の笑顔を作る。
「少し眠った方がいい。俺がずっと側にいてやるから」
寛也の言葉に、杳は握っていた寛也の手を握り返してくる。どうしたのかと顔を近づける寛也の耳に届く小さな声。
「…外、出たい…」
「え…?」
何を言ったのか理解できずに、寛也はもう一度杳の顔を覗き込む。
「ここ…息苦しい。結界から、出たい…」
ようやく聞き取れた言葉は、どれも声になっていない囁き声だった。声を出す力もないのだろうか。
こんな状態で外の空気に触れるのは良くないと、寛也ですら考え及ぶ。まだ春の初め、夜半の風は膚を刺す程に冷たかった。しかし、辛そうにしている杳を見ていると、どうしても駄目だとは言えなかった。
「どこか行きたい所でもあるのか? どこへでも連れてってやるよ」
紗和のように竜玉に人を取り込んで移動することも、翔のように瞬間移動することもできないが、腕に抱いて飛ぶことくらいならできる。自分の作り出す気で包んでやれば、きっと、寒い夜気から守ってやることもできるだろう。
寛也の言葉に、杳は少しだけ笑んで。
「遊園地…」
ゆっくりとした口調でそう言った。
* * *
広間ではまだ話し合いの続きをやっているのだろうか、廊下には誰の姿も気配もなかった。戦略会議に加われないのは残念だったが、きっと潤也が上手に事を進めてくれるだろうと思った。
話し合いのことは潤也に任せることにして、寛也は遠回りをして中庭を横切り、結界の出入り口まで杳をかついで行った。竜王が二人も揃っている場所に、下手に近づくと気配を感づかれる恐れがあると思ってのことだった。
杳の意思を邪魔されたくなかったから。
潤也が張った結界の中ですることは、潤也に何もかも知られてしまうと聞かされていたが、出入り口を出るまで何も邪魔が入らなかった。やはりはったりだったかと、思いながらアパートの玄関まで来て、突然に声をかけられた。