第6章
君がために
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「知り合いなの? 何で今まで黙ってたの?」
翔は隣に向かって、少し睨みながら問う。普段は温厚な翔かせ必要以上に驚く様子に、さすがの露も少し身を引いてしまった。
「え…別に知り合いって訳でもないし」
「そう言えば…」
翔から向かって、露のひとつ向こうの席で、聖輝も思い出すように言う。
「アイツ、ニット帽を目深に被って、俯き気味だったよな。まるで顔を見られたくないような…」
「名前も名乗らなかったですね。無愛想に、一言も喋らなかったですし、誰か話かけてましたけど無視されてましたし。無理やり覚醒させられてふて腐れているだけだと思っていましたけど」
翔にも寛也達にも賛同することもなく、あの洞窟を後にしてからは消息不明だった。
「何だ。みんな知ってると思ってたのに」
少し呆れた風を見せてから、露は自慢げにニッと笑った。
「アイツ、河岸充(かしみつる)だぜ。SAX−5のセンターやってる」
「はああ??」
大半が、露の言う名に身を乗り出した。
それはここ数年間、オリコンベスト3の常連の男性アイドルユニットの名で、誰もが聞いたことがある名だった。
「バレたくないって感じで目立たなくしてたみたいだけど、見れば分かるってね。ちなみに、前に付き合ってたオレのカノジョがすっげぇファンで、オレ、ライブにも何回かついて行ったんだぜ。きゃーきゃーうるさいの何のって」
誰もが脱力してしまいそうな顛末に、翔はため息をついてから、きっぱり言う。
「僕、芸能界に興味ありませんから」
すると、信じられないものを見るような目を向ける露。彼から視線を逸らして、翔は続ける。
「とにかく、それならプロダクションから当たっていけば、すぐにたどり着くでしょう。帰って来たばかりで申し訳ありませんが、潤也さん、PCはインターネットに繋がっていますよね? 少し調べてもらえますか?」
「いいよ。プロダクション名と位置だけでいいよね?」
潤也は軽く返事をして立ち上がろうとする。その彼に付け加える翔。
「あと、居所も分かれば。追っかけやっているファンのブログでも探せば出てくるでしょうから」
ブログなんて星の数程ある。明かに面倒だと思われることを平然と口走る翔に、しかし、潤也は不平を言うこともなく頷いて、そのまま部屋を出て行こうとした。
それを止めたのは紗和だった。
「それは後でいいよ。少し腰を落ち着けよう。お茶も来ることだし」
そう、紗和の言葉が終わるのを待ち構えていたかのように障子が開かれた。
「お待たせー。夜遅いから、薄目のお茶だけど」
元気にそう言って部屋に戻ってきた美奈は、入り口に近い場所に座る浅葱の目の前へ大きな盆を置いた。全員分が乗っていた。
夜が遅いから薄めにした訳ではなく、茶葉を替えるのが面倒なので薄めになったのだろうことが、その手つきから何となく知れたが、浅葱は黙ってお茶配りに参加した。
「はい、杳さん」
浅葱は隣の席の杳の前に、茶托に乗せた湯飲みを置いて、ふと、杳の様子が変だということに気づいた。