第5章
神を封じる者
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炎竜の吐き出した炎は、辺り一帯を飲み込んでいく。山を、木々を、天を、炎に包み込んで。
「炎竜は破壊の神ね」
咄嗟に紗和の張った結界の中に潜り込んで、茅晶は頭上に舞う火の粉を呆れながら見上げた。
この結界に被害を与えないようにしているのだろうか、炎は直接、結界に触れることはなかった。しかし、周囲から伝わる熱だけは防ぎようもなく、蒸し焼きになるのではないかと思う程に暑かった。
「炎竜って南の阿蘇の宮の竜だろ? 何だってそんな奴がこいつの為に一人で父竜に立ち向かってんだ?」
同じように天を仰いで、開が首を傾げる。
中央の宮と阿蘇の宮は他と比べて最も疎遠であった。炎竜が天竜王と不仲であった為とも言われていた。戦を好む気質が似ている為とも聞かされた。
その炎竜が天竜王を差し置いて、単身で中央の宮の巫女を救おうとしていることに合点がいかない様子だった。
「さあ、どうしてかしら」
茅晶は開の疑問を軽く受け流して、竜達から下へと視線を移す。
そこに、未だ目を閉じたままの杳が横たわっていた。
分かっているのだ。杳だけがその身を犠牲にしているのではない。竜達もまた、神子を守る為に命を投げ出すのだ。竜達と神子達の織り成す渦の中に杳はいるのだ。あみやもまた、自分には手の出せない所にいたのだ。
十分過ぎる程に、分かっている。
彼らの繋がりがどれ程のものか。しかし、だからと言って茅晶には杳が犠牲になることが納得いかなかった。
茅晶は目を開けない杳の横にひざまずく。
「起きなさいよ、杳くん。あなたは私のものなのよ。魂くれるって言ったじゃない。目を覚ましなさいよっ」
茅晶は杳の肩を掴んで揺する。それを紗和が一睨みではねのけた。
「邪魔をするなら、結界から放り出すよ」
茅晶は後方に尻餅をつく。そこに、ぞっとする程の気を感じた。彼はもう一人の竜王なのだと、瞬時に思わせられる。が、負け惜しみでも言わずにいられなかった。
「だったら早く杳くんの魂を呼び戻しなさいよ。あなた、まがりなりにも竜王なんだから」
茅晶の言葉に、紗和は黙って視線を杳に戻した。真剣に見つめる紗和の額には、玉の汗が幾つも浮かんでいた。
「杳くん、あなたがいないとダメなのよ。…戻ってきて」
祈ったことなど、かつてなかった。何に祈れば良いのかさえ分からなかった。それでも、今回ばかりは杳が戻ってくることを、心底願った。
* * *