第5章
神を封じる者
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 一瞬、何もできずに呆然とする紗和。が、すぐに気づいたように、辺りに目を走らせた。

 今の揚の力の発動で周囲の壁や床や天井はボロボロだった。そんな瓦礫に埋もれた室内に、茅晶達の姿を見つけた。

 彼らは何とか難を逃れて、杳の身体の方を守ってくれていたのだった。

 紗和はすぐに駆け寄る。

「まだ息はあるよね?」

 杳の手を取ると、少しひんやりしていた。

「頼む、間に合って…」

 願いながら呟く呪文は、招魂の術の為のそれだった。

 あみやの身体に移っていた魂の現世での器は杳なのだから、必ず戻ってくる筈だと思った。紗和は握った手に力を込める。

 その紗和の背に、大きな気の存在が近づくのを感じた。

 揚だった。

「無駄なことを。その身体もバラバラにしてくれる」

 紗和は揚の言葉に見向きもせず、続けた。今やめる訳にはいかない。何としても守り抜かなければならないのだ。

 もう、失いたくないのだ。絶対に守りたい。

 膨らむ揚の気を感じながら、紗和は術に願いを込める。

 そんな紗和を見ていた茅晶がスッと立ち上がり、紗和をかばうように揚に対峙する。

「あなたみたいな暴君、好きになる人なんていないわよ。被害者面して自分の蛮行を正当付けているだけの卑怯者だわ。自分のその汚れた気を見てみなさい。あなたを正当付けるものなのて、何もないっ」

 茅晶の行動を揚は鼻先で笑う。

「小鬼ふぜいが、失せろ」

 自分に向けて放たれた気の塊に、思わず後ずさる茅晶。しかし、襲ってくると思っていた攻撃は茅晶に届くことなく、目の前で散った。

 横から飛び出してきた別の力に、相殺されたのだった。

 その力が繰り出された方向を見やる揚。その目に、寛也の姿が映る。

 硝子の破片が身体に幾つも突き刺さったのか、衣服を赤く染めて、額からも血が流れ出ていた。

 それを何でもないことのように、軽く片手で拭う。

「新堂、杳のこと頼んだぞ」

 紗和は寛也の言葉に答えはしなかったが、一心に取った杳の手を握り締める。

 それを見てから、寛也は揚に向き直った。

「てめぇだけは許さねぇ。叩きつぶしてやる」

 言って寛也は握り締めた手のひらを頭上に掲げた。

 深紅の炎のようなオーラが膨れ上がったかと思うと、熱風を巻き上げて一気に、炎の竜が天へ舞い上がる赤い竜。

「戦か…気づかなかったよ」

 揚は面白そうに寛也の炎竜を見上げる。

 かつて知っていた炎竜よりも、身体も気の力も数倍大きくなったように見えた。雛であった彼は、成竜になっていたのだろうと気づいた。

 寛也が飛び立った後は、既に天井は落とされていて、あちらこちらに火の粉が散っていた。力はかなり大きくなったのに、周囲を気にせず火を吐くところは相変わらずだと思って、ちらりと見やった杳の姿。その一帯だけは被害がなかった。

 揚はその事実に、忌々しげに呟く。

「誰も彼も、杳、杳と…。まるで綺羅のように言う」

 揚の身から吹き出すものが形作るのは、巨大な光の帯だった。その帯が、寛也を追って天へ翔け上がる。

 炎竜をはるかに凌ぐ巨体の父竜が、天を覆い尽くしていった。


   * * *



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