第5章
神を封じる者
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 杳はゆっくり片手を上げる。口の中で唱える呪文。

 大地の息吹、風のそよぎ、水の調べ、炎の高まり――世界中にある全ての命たちを呼び寄せていく。

 薄く透明な光が杳の手の中に集まっていく。それにともなって、ほんのりと輝くその身体。それはまるでオーラのようだった。

 その姿が、何に酷似しているのか思い至る者はいなかった。

 やがて集まった光がきつく収縮しいてく。途端、杳の掌に集まっていた光が杳の手を離れ、揚の身にまとわりついた。

 閃光が走った。

 全てを巻き込む程の光に、揚が身を怯ませたのは一瞬だった。

 視界が効かない間に、もうひとつの光が突き抜けた。はじき返す音が轟音を上げる。

 パチパチと、空気が静電気を帯びる。

 影と煙が晴れていく中に、杳と揚が立っていた。

「残念だったね」

 その言葉に、杳がぐったりと膝をつく。激しく、息が切れていた。

「納得いったかい? 僕を封じられる者はもういないんだよ」

 杳の腕を掴んで立ち上がらせる。そしてもう一方の手のひらに光を集めた。

「人間ごときに何ができる? 思い知るがいい」

 至近距離から杳に向けて光球を放つ。が、それは別の力によって弾かれた。

 振り返ると紗和が立っていた。

「約束が違いますよ、明日香さん」

 紗和の出現に、揚は肩をすぼめる。

 隠れていろと命じた筈なのに、揚の行動に我慢できなくなったのだろう。紗和は思いっきり揚を睨んでいた。

「杳には手を出さないでってお願いした筈ですよ。約束を破りますか?」

 強い口調で言いながら速足で近づき、紗和は揚の手から杳を奪い返すように引き取った。

 腕の中で頼りなげに揺れる瞳に、紗和は柔らかくほほ笑む。

「君はいつも無茶ばかりする」
「紗和…」

 安心したのか、崩れるように再び膝をつく杳。それを支える紗和に、揚はおどけた口調で声をかける。

「悪かった。だが向かって来たのは彼…彼女かな、の方だぞ」
「さらってきたのは誰ですか?」

 睨む紗和に、揚はやれやれと軽くため息をつく。

「杳、大丈夫かい?」

 体重を預けて、杳はうつむいた。

 杳は封印の術が効かないなどとは、本心のところ、思っていなかったのだ。絶対に封じられるものだと思っていたのだ。

「杳、元の身体に戻るといいよ」
「…無理だよ。あみやを殺さない限り」

 握り拳を掴む杳と、それを見守る紗和。

 その二人に、揚はついに辟易したように呟いた。

「もう、茶番は終わりだ」

 その口調は、低く重かった。


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