第5章
神を封じる者
-4-
11/22
杳はゆっくり片手を上げる。口の中で唱える呪文。
大地の息吹、風のそよぎ、水の調べ、炎の高まり――世界中にある全ての命たちを呼び寄せていく。
薄く透明な光が杳の手の中に集まっていく。それにともなって、ほんのりと輝くその身体。それはまるでオーラのようだった。
その姿が、何に酷似しているのか思い至る者はいなかった。
やがて集まった光がきつく収縮しいてく。途端、杳の掌に集まっていた光が杳の手を離れ、揚の身にまとわりついた。
閃光が走った。
全てを巻き込む程の光に、揚が身を怯ませたのは一瞬だった。
視界が効かない間に、もうひとつの光が突き抜けた。はじき返す音が轟音を上げる。
パチパチと、空気が静電気を帯びる。
影と煙が晴れていく中に、杳と揚が立っていた。
「残念だったね」
その言葉に、杳がぐったりと膝をつく。激しく、息が切れていた。
「納得いったかい? 僕を封じられる者はもういないんだよ」
杳の腕を掴んで立ち上がらせる。そしてもう一方の手のひらに光を集めた。
「人間ごときに何ができる? 思い知るがいい」
至近距離から杳に向けて光球を放つ。が、それは別の力によって弾かれた。
振り返ると紗和が立っていた。
「約束が違いますよ、明日香さん」
紗和の出現に、揚は肩をすぼめる。
隠れていろと命じた筈なのに、揚の行動に我慢できなくなったのだろう。紗和は思いっきり揚を睨んでいた。
「杳には手を出さないでってお願いした筈ですよ。約束を破りますか?」
強い口調で言いながら速足で近づき、紗和は揚の手から杳を奪い返すように引き取った。
腕の中で頼りなげに揺れる瞳に、紗和は柔らかくほほ笑む。
「君はいつも無茶ばかりする」
「紗和…」
安心したのか、崩れるように再び膝をつく杳。それを支える紗和に、揚はおどけた口調で声をかける。
「悪かった。だが向かって来たのは彼…彼女かな、の方だぞ」
「さらってきたのは誰ですか?」
睨む紗和に、揚はやれやれと軽くため息をつく。
「杳、大丈夫かい?」
体重を預けて、杳はうつむいた。
杳は封印の術が効かないなどとは、本心のところ、思っていなかったのだ。絶対に封じられるものだと思っていたのだ。
「杳、元の身体に戻るといいよ」
「…無理だよ。あみやを殺さない限り」
握り拳を掴む杳と、それを見守る紗和。
その二人に、揚はついに辟易したように呟いた。
「もう、茶番は終わりだ」
その口調は、低く重かった。