第5章
神を封じる者
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 訝しがる杳に、揚は顔半分だけ振り向いて。

「人の心は移ろいやすい。生涯愛すると誓った者を裏切ることなど、日常だ。違うかい?」

 それが揚の考え方なのだと知った。

 裏切られて、芽生えたものは憎しみだけ。誰も信じることができなくなっているのだろうか。だとしたら、何て悲しい神なのか。

「君もそうだ。竜として目覚めた連中の時は、もう人とは異なる。違う時間を生きるようになる。いつか必ず君も、連中を見捨てるんだよ」

 その言葉に、杳は息が詰まる思いがした。この人は――。

「あんた、かわいそうな人だよな。自分を愛することしかできない…人から愛されることによってでしか、人との関わりを持てないなんて」
「僕も人を愛したい。しかし…」
「裏切られたって言うんだ? 本当に裏切ったの? その人に罪があるの? もしそうだとしても、あんたは人を許すことができないの? 自分の事しか考えられないの?」

 杳の畳み掛けるような問いに、揚は振り返って目をとがらせる。

「僕は信じていたんだ。それなのに、あの人間は…!」
「だったら、最後まで信じてあげればよかったのに」
「お前に何が分かるっ!?」

 途端、杳の周囲で風が吹き上げる。風の刃が、身を切りかすめていく。その痛みに、杳はうずくまった。

「生意気な口を聞ける立場か? たかが人間の分際で」

 揚の言葉に顔を上げる杳。

「その人間に裏切られたと言って何千年も傷ついたままの奴は誰なんだよ? あんただって、人と同じように傷ついて、悲しんで…」
「同じにするなっ。僕は…」
「同じ心を持ってるじゃない。あんただって、人と変わらないんだ」

 揚はひと睨みで杳の身体を更に切り裂く。したたり落ちる血が白いシーツを赤く染める。

「君は僕の神経を逆なでして何が楽しいんだい? そんなにも僕を怒らせたいのか?」
「あんたの言うの、間違ってるから…」
「まだ言うか…っ」

 術を繰り出そうとして、杳が睨み上げているのと目が合う。揚をまっすぐに見据えてくる目に、揚は一瞬ひるむ。

「人の心は確かに変わりやすいし、あんたから見たら、一瞬だけの生き物かも知れない。だけど…それでも誰かを愛しながら一生懸命生きているんだ。あんたより、ずっと強いよ」
「君も…かい?」

 言い切る杳に、眉の根を寄せる揚。

「君の愛するのは誰だ? そのきれいな外見にひかれる者は多いだろうが、その君が思うのは誰なんだ?」

 聞かれても、杳は答えるつもりはなかった。

 大切な、大切な自分の思いを、簡単に他人に言いたくはなかった。

 切なくなる程に、愛しい人――寛也。

 答えない杳をどう思ったのか、揚はすぐに諦めたように言う。

「所詮は口先だけか。まさか博愛主義の全人類なんて言うんじゃないだろうね?」
「ばっかじゃないの」

 揚のからかい口調に、杳は思いっきり見下して言う。


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