第5章
神を封じる者
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杳が目を覚ましたのは、寝室のふかふかのベッドの上だった。
見慣れない天井に、ぼんやりと視線を巡らせる。見回す室内に置かれた調度品は、いかにも高級そうに見えた。
ここはどこだろうかと考えていると、ドアの開く音がして、人の気配が感じられた。
「お目覚めのようだね」
その声に、杳は跳び起きる。
そこに、明日香揚が立っていた。
そして、今まで自分がどこにいたのか、どうしてこんな所にいるのかを、一気に思い出した。
病院から、この揚につれ去られて来たのだ。大学の理事長の孫と聞いたが、もしかするとこの豪華な室内から単純に考えて、ここは彼の家なのだろうか。
「あんた…オレをこんな所に連れ込んで、何する気だよっ?」
「さて、何をされたい?」
杳の見幕に、揚は口元を吊り上げて笑みを浮かべる。その顔付きに、杳は睨みながらも思わず身を引いた。この手の顔をする輩にかつて好印象だったためしはなかった。
それを見てまた笑う揚。
「そう怖い顔をしないでくれよ。きれいな顔が台なしだよ、杳くん」
揚の冗談に、杳は不快な色を濃くする。
「オレは人質って訳?」
「見くびってもらっては困るね。人質なんか取らなくとも、僕は天人に負けはしないよ」
「過信じゃない?」
「いずれ分かる」
杳にとっては、揚の言葉は鼻持ちならなかった。翔がこの男に屈する様など想像もしたくもなかった。
「だったら、何でオレなんてさらったんだよ? 必要ないんだろ?」
まさか綺羅の巫女であることがばれている訳でもないだろう。しかし、それならばとっくに殺されていてもおかしくない。
「僕が君をさらった理由はね…」
揚は笑顔を向けたまま、ゆっくり杳に顔を近づけてきた。至近距離まで来たところで。
「きったない顔、近づけるなっ!」
杳は思いっきり、手で揚の顔を突っぱねる。ゴキリと、揚の首が鳴った。
「な…?」
まさか抵抗されると思わなかったのか、揚はかなり驚いた表情をする。だとしたら、余程の自信家か、ただの馬鹿かと思った。
「オレにはそんなシュミはないっ。諦めろ」
揚はすぐに表情を戻して、怒鳴る杳を面白そうに見やる。
「何…だよ?」
揚の意味深な表情に、杳はそのきれいな眉を寄せる。