第3章
償い
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 見ると、廊下から寛也を見下ろして、杳が呆れたような顔をして立っていた。いつの間に来たのか。

「オレ、この景色、気に入ってんだから、グラウンド代わりにしないでよ」

 すっかり見透かされていることに、寛也は少し気分も浮上する。

 本当に、杳の一言一言が自分に与える影響は大きいのだと思った。それ程までに杳のことを思っていると、改めて自覚する。

 だからこそ、口先だけではなく、本当の意味で結ばれたかった。

「ヒロってば、いっつも考え無しなんだから」
「いいじゃねぇか。どうせすぐにジュンが元に戻すぜ。ちちゃっとやって」

 そうは言っても、杳に怒られたくはなかった寛也は、すぐに廊下に上がる。

「だからってヒロが目茶苦茶にしていいって法はないよ。潤也、忙しいんだから余計な手間をかけさせないでよ」

 少し浮上した気分も、あっと言う間に沈んでいく。

 こんな些細なことで自分の気分が左右されるなんて。

 どんどん好きになっていく自分。もう限界だろうと思えるくららいに好きなのに、さらにその思いは募っていく。果てがないように。

 それなのに、当の本人は翔や潤也にも同じように信頼を寄せていて、大切に思っているのだ。

 寛也にとって杳が一番で、唯一なのに。

「俺だって忙しいよ。東京から帰ってきたと思ったら、すぐに川崎だぜ。大将、人使いが荒いからな」

 少しだけ嫌みな言い方になって、自分でも嫌になる。そんなことは少しも苦にしていないのに。些細なことすら勘に触る。

「だってヒロ、一番下っ端だろ? 使いっ走りになるの、仕方ないよ」
「何だよ、それ」

 寛也の不機嫌さとは反対に、杳の機嫌は良いようだった。

 杳はもしかして自分といるよりも、翔や浅葱達仲間と一緒にいる方が楽しいのかも知れないと、ふと思ってしまった。

「俺はここにいなくてもいいのかよ?」
「は?」

 つい口を突いて出た言葉に、杳はキョトンとする。

「お前にとって俺は…」

 ギュッと握り締めた拳を静かに解いて、杳の両肩に置く。杳の瞳が怪訝そうに寛也を見上げてきた。

 その杳に、聞きたくて、ずっと胸の中にしまっていたことを聞く。

「お前、本当は俺のこと、信じてねぇだろ?」
「何のこと?」

 少し眉の根を寄せる杳。言っている言葉の意味が分からないと告げる瞳。

「お前、あの大学に父竜がいるって知ってたんだろ?」

 反射的にそらされた視線に、その事実を知らされる。

 潤也が推測していた通りなのだ。

「俺が一緒に東京へ行くことになっていなかったら、お前一人で何をするつものだったんだ? 一人で飛び込んで…新堂もいなかったら…邪魔する奴が誰もいなかったら、お前は…」

 寛也の質問から逃げるように、杳は肩に置かれた寛也の手をそっとはがす。


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