第3章
償い
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「えっ、ちょっとヒロ」
驚いて慌てる杳を、そのまま布団の上へ降ろした。
目を丸くして見上げてくる杳に、寛也はニヤリと笑う。
「いつものやつ、やろうな?」
生命の交感――寛也の竜としての力を杳の身体に送り込むことだった。杳の消えそうな生命力を支える唯一の方法だった。
翔や潤也の癒しの術が効かない杳は、寛也のこの力だけその身体に取り込むことを許していた。それが、今の杳にとっての唯一の命綱だった。
「でもヒロ、出掛けるんじゃないの?」
「へーき、平気。お前に使う力なんて大したもんじゃねぇし」
言って、寛也は布団の側に胡座をかき、杳の手を取った。
相変わらずひんやりとした手は、しかしドキドキする程に柔らかかった。その手を、両の手のひらでそっと包み込む。
「俺のこの力は、世界平和の為でも、人類を守る為でもなくて、お前だけの為にあるんだ」
静かにそう言う寛也から顔を背ける杳。その横顔が、ほんのりと朱に染まっていく。
「なに似合わないこと言ってんだよ、ばかヒロ」
そんな憎まれ口も可愛いと思ってしまう自分は、一体どれ程に杳のことを好きなのか。
横を向いて目を閉じる杳の頬に、寛也はそっと口付けた。
* * *
「何をやっていたのかなぁ?」
杳の部屋を出ると、いきなり声をかけられた。ギョッとして振り向くと、潤也がニヤニヤ笑いながら立っていた。
「な、何って、別に。杳が具合悪そうだったから」
「ふーん」
寛也の言い訳を横目で見やりながら聞く潤也に、寛也はようやく思い出す。
この結界を張った潤也には、この中でしていることがすべて分かるのだと。ただの脅しだと思っていたのだが、本当なのかも知れないと寛也は慌てる。
「いや、別にやましいことは何も。キスくらい、恋人同士なら普通だろ?」
「言われたことを放り出しておいて、キスね」
ギクリとする。
雪乃の所へ行けと言われたのは、つい先程のことだが、その前に少し杳の様子を見ておきたかっただけなのだ。
「あーもうっ、行くよ。行ってやるよ」
寛也は頭をかきむしってから、潤也に背を向けようとして、ふと思いついた言葉。
「お前、男の嫉妬なんてみっともねぇぞ」
その一言で相手に意外とダメージを与えたらしいことを一瞬で読み取って、寛也は今度こそ満足げに背を向けた。
嫌な相手に会いに行く前にしては、少しだけ心も晴れた。
* * *