第2章
再会と決別
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「何でオレを巻き込むわけ? 紗和ってば強引過ぎ」

 部室を出て杳が一番に言った言葉はこれだった。

「ん、自覚してる」

 しかし、悪びれた様子は見せなかった。

「でも、バイトもいいけどね、学生は遊ばなくっちゃ。どこに入るかなんてのは掛けみたいなものなんだけど、あとはいかに楽しむかだよ」
「あーっそう」

 杳はあからさまに不機嫌だった。

「そんなにふてないでよ。僕は君がいれば結構楽しいものになると思ってるんだから」

 この言葉に杳は一瞬絶句する。

「…そんなこと、真顔でよく言えるよな」
「僕は正直者だからね」
「言ってろよ。ったく」

 しれっとして言う紗和に、杳はもう悪態をつく気にもなれなかった。

「それにあの時、ろくにお礼も言えずに別れただろ。ずっと気になってた」

 ふと、立ち止まり、紗和は杳の正面に向く。

「僕を助けようとして一心になってくれた君のこと、見てたよ。…ありがとう」

 思ってもみなかった言葉に、杳は返答に困る。

「だから今度は僕が君を助ける番だ。何があっても君を守るよ。命に代えても」
「な、何、恥ずかしいこと言ってんだよ」

 プイッとそっぽを向く杳の白い頬が、僅かに朱に染まっていた。

「そうだね。僕じゃあ役不足かも知れないね」

 紗和は、そう寂しそうに付け加えた。


   * * *


 待ち合わせの喫茶店は大学からすぐ近くの本屋の二階にあった。ここで寛也に大人しく待つように言ったのだが。

「いないなぁ。ちょっと待たせすぎたかな」
「誰のこと?」
「戦」

 しばし沈黙した後、杳は紗和の肩に手を置いて諭すように言う。

「戦って、ヒロのことだよな? あいつがおとなしく人を待つようなヤツだと思う? きっと先に帰ったんだよ」
「いや、そんなことはないと思うんだけど」

 杳のことを気にしていたし、紗和の言った父竜の結界のことも放り出したりはしないだろう。

 つまり、先に帰るなどということは有り得ない。

 血気盛んな彼のこと、考えられることはひとつだった。

「まさか…っ」

 振り返って見た窓の向こうに、大学の学舎が並んでいた。ものすごく、嫌な予感がした。

「事を起こすなって言っておいたんだけど」

 紗和の目に見えるものは、不気味に蠢く異次元空間の歪みより漏れ出る、ぞっとするような気配。

 あそこのどこかにそれが存在するのである。

 一人で立ち向かうことの危険さを、寛也はまだ分かっていないのだ。

「杳、ちょっと様子を見てくるから、ここで待っていてくれる?」

 取り敢えず自分が行って、寛也を何とかしようと考えて出た言葉であったが、杳に却下される。

「紗和ってば、無謀な命令するの、好きだな」
「は?」
「何かあるんだろ。父竜に関係してること?」

 紗和こそ驚かされた。何故その名を知っているのかと。が、よく考えてみれば、杳ほど竜達の近くにいる人間も他にはいないのである。

「今、流行ってるからなぁ」

 杳はそう言ってとぼけてみせたが、既に事情には詳しい様子が伺えた。

「ヒロに連絡取れればいいの? だったら…」

 杳は上着のポケットから携帯電話を取り出す。

「携帯電話って、猫の首に鈴をつけるようなもんだよねー。ま、ヒロの場合、猫より犬だけど」

 そんなことを呟きながら機嫌よくボタンを押すが、杳はすぐに眉を寄せて電話を切る。

 繋がらなかったらしい。10回もコールしてはいないだろうに、案外、気が短いのかも知れないと、紗和はその姿に思った。

「とにかくヒロ捜しなんだろ? 手分けしようよ。あの無鉄砲者が馬鹿なことに首を突っ込む前に」

 連絡がつかなかったことに不機嫌さをあらわにしながらそう言う杳に、紗和は苦笑で答えるしかなかった。


   * * *



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