第2章
再会と決別
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 そこに立っていたのは、背の高い男が一人。学生だろうか、上等そうなスーツが嫌みなくらい似合っていた。

「大学部の新入生か? 受付場所はここではないよ」

 杳に向けてくる柔らかな笑顔が、まるで氷のように冷たく見えた。それは多分、彼の身から立ちのぼる、光さえかき消すような暗いオーラの為だとすぐに気づいた。

 杳は整えていた息をひそめる。

 じっと自分を睨んでくる杳に、彼は少し目を細めて見せながら。

「僕の顔に何かついているかい?」

 ゆっくり近づいてくる彼に、杳は何故か身体が震えてくるのを感じた。

 ぞっとするようなこの感じは、いつかどこかで感じたことがあるような気がする。それとともに、恐怖の中の奥底にあるもうひとつの感情。何だろうかと、記憶を手繰り寄せようとした時、ふいに腕を取られた。

「触るなっ」

 反射的に叫んで、その手を振り払った。見上げた相手は、少し困ったような表情を浮かべていた。

「怪しい者じゃないよ。君が迷子になったのではないかと心配してね」

 杳の態度に怒った様子も見せず、逆に安心させようと思うのか、一歩身を引く。

「そうではないのなら、早く会場へ行きたまえ。何なら、送って行くが」

 しかし、杳は睨んだままだった。

「あんた、名前は?」

 横柄な物言いに、相手はさすがに呆れた表情を浮かべるが、すぐにそれもかき消す。

「明日香揚(あすか よう)。ここの院生だ。君は?」

 問い返されて、答えるかどうか迷って。

「…葵杳…」

 名乗った途端、相手の身にまとっていたものが一気に和らいだのが感じられた。

 警戒していたのは自分だけではなかったのかも知れないと杳は思った。

「そうか、杳ちゃんか。格好いいね、そのスーツ。良く似合っているよ」
「え…」

 杳はキョトンとする。

 これまで自分の容姿をほめられたことは何度もあったが、その分、服装とかセンスをほめられたことはなかったのだった。

 少しだけ嬉しくなる気分の杳に気づいたのか、彼――揚はそのまま続ける。

「どうだい? 入学式が終わったら、学内を案内してあげるよ。この後、杳ちゃんに予定がないんだったらだけど」

 了承しかけて、杳は思い止どまる。まだ右も左も分からない場所で軽はずみな行動は避けた方が良いと、咄嗟に判断した。

「いらない。約束、あるから」
「そうかい? では良かったら、今度一緒にお茶でもしないか? おいしいスイーツの店に連れて行ってあげよう」
「いいよ」

 杳にはそれが誰であるかなんて、はっきり見分けがつく訳ではなかった。ただ分かることは、この目の前の男が翔達よりも遥かに強い力をみなぎらせていることだけだった。それが多分、竜のものだと、直感がそう伝えていた。

 竜神達11体の彼ら全員と顔を合わせている訳ではないので、そのうちの誰かなのかも知れないとは思ったが、そうではないかも知れない。

 この強さはもしかしたらと、思う気持ちが強かった。

「それなら、君の都合の良い日に、考古学研究部を訪ねてくれ。暇な時間には、いつもそこにいるからね」
「…分かった」

 始終ぶっきら棒に返す杳に、何が楽しいのか揚は最後まで笑みを絶やさなかった。

 この人が本当にそうなのか、杳は自分の勘を疑った。


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