第2章
再会と決別
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ドアを開ける音が聞こえたのは、どれくらい経ってからだろうか。寛也がキッチンでコーヒーをいれていた時のことだった。
その香ばしい匂いに誘われるように、杳が顔を見せた。
「飲むか?」
声をかけても知らん顔で、そのままリビングのソファに座り込んだ。
具合は悪くなさそうだが、機嫌は悪そうだと分かった。
その杳の座った正面のテーブルに、寛也はミルクをたっぷり入れたコーヒーの入ったマグカップを置いた。
そして、俯いたままの杳に声をかける。
「あったかいぞ。飲んで、少し機嫌を直せよ」
寛也の言葉に、杳の肩が僅かに揺れるのが分かった。
「俺、バカだから良く分かんねぇんだよ、お前が何を思っているのか。いいって言うのに嫌だって思ってることもあるし、嫌だって言うくせに、そうじゃねぇ時もあるし。だから…」
寛也は杳の座るソファの隣に、自分も腰を降ろす。
見やる横顔は、やはりふて腐れたままだ。
そんな杳に、ため息をつくよりも可愛いと思ってしまう自分に少々呆れつつ、その肩を抱き寄せた。
抱き締めると、素直に身を寄せてくる。内心ではもう怒っていないのだなと感じた。
「本当に嫌なら、合図をくれよ。お前、本当のことを言わねぇから、俺にももっと分かりやすい方法で」
寛也の言葉に杳は僅かに顔を上げる。
「たとえば?」
声はまだふて腐れたままだが、機嫌の悪さは目に見えて和らいできているのを感じた。
「そうだなぁ…。ちょっと髪の毛でも引っ張ってみてくれるとか…って、いってぇぇっ!」
言った途端に、寛也は髪の毛を引っ張られた。それも思いっきり。反射的に杳から飛びのいて立ち上がった。
「お前っ、今することじゃねぇだろっ!」
「だって、イヤだったから」
「な…」
プイッとそっぽを向いた杳には、もう本当に手を焼くばかりだと、寛也は改めて思いながら。
「お前、俺に触られるの、そんなに嫌か?」
これで肯定されたら立ち直れないと思いながらも、聞かずにはいられなかった。その寛也に顔を背けたまま返してくる言葉。
「やだよ。だって、さっきも…」
言いかけて、慌てたように口ごもる。
「さっきって…」
あれはいきなり過ぎたのかもと寛也自身、反省していた。もう一度謝ろうかと思って見やった杳は、白い顔を何故か朱に染めていた。
瞬間、ピンときたものがあった。
もしかしてもしかすると、杳は寛也と同じように感じてくれていて、それを知られまいと慌てて部屋に逃げ込んだのだろうか。
あのキスで。
思うと、寛也の顔の筋肉が一気に緩んで、たるみきってしまった。
「杳っ」
思うよりも先に抱き締めてしまった。
「すっげー嬉しい。なぁなぁなぁ、これ、提案なんだけど、今夜から同じベッドで寝ねぇ? そしたら、もう少しお前も慣れると思うんだけど」
そして、寛也は思いっきり髪の毛をわしづかみにされ、引きずられる程に引っ張られた。
痛かったが、痛くなかった。