第2章
再会と決別
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大きな音を立てて閉じられたドアに、寛也は慌てて駆け寄る。
寛也としてはそれ程ひどいことをしたつもりはなかったのだが、すぐに出てくる言葉は謝罪のそれ。
「悪かった、杳。謝るっ」
鍵をつけていない部屋のドアノブは、しかし固かった。杳が中でしっかり掴んでいることが分かった。
多分、寛也が力を入れれば回るだろうし、中へ入ることは簡単だろうが、そんな強引なことが杳に対してできる寛也ではなかった。
「杳、なぁ、おい、悪かったって。怒るなよ」
ドアを叩いても杳は答えてくれなかった。
寛也はガックリと肩の力を落としてしまう。
つい先程まで、杳との二人っきりの生活を甘く夢見ていた自分に切なくなる。
寛也はドアに背を向けて、廊下に腰を降ろす。
通じない思い――通じているのに受け入れてもらえない思いが辛かった。何を思っているのか、杳の気持ちが分からないのが辛かった。
* * *
「杳の行動には気を付けて」
潤也が眉の根を寄せながら寛也に言ってきたことを思い出す。
それは、余り多くない荷物を配達日指定で宅配に出しに行った帰り道のことだった。段ボール箱2つの荷物の片方を潤也が持ってくれて、二人で取り次ぎ店へ行ったのだった。
その潤也の言葉に、驚いて弟の顔を見やった。
「気を付けるって、何を?」
「うん…」
潤也は自分から言い出しておきながら、言葉に詰まった様子を見せる。普段にない弟の様子に、寛也は不審げに問い直す。
「あいつ、また何か良からぬことに首を突っ込んで行きそうに見えるのか?」
的を突いたのだろう、潤也の表情に苦笑が浮かぶ。
「今度は何だ?」
竜の宮の勾玉を4つ集めてきて、ついでにそれを守護していた巫女達の転生者達まで連れてきたのは、昨年の秋のことだった。
父竜の手下に襲われたのだと言って。
その一件に自分は関係ないと公言していたが、彼らを寛也達の前に引き連れて来たのは杳自身だったのだ。
2年前には、自分達の戦いに自ら巻き込まれてきた。
自分の身の危険を顧みることもしない杳は、本当に危険極まりなかった。
これまで何とか難を逃れてきているが、心配する側からすればたまったものではなかった。
が、寛也は潤也の言葉に今度こそ度肝を抜かれる。
「杳、父竜を捜して、封じようとしているのかもしれない」
「な…っ!?」
さすがに絶句する寛也に、取り越し苦労なら良いのだがと前置きをして潤也は続ける。
「杳が東京へ行こうなんて言い出した理由が、他に見つからないんだ」
残された時間が短いと気づいた杳が、一番に考えそうなことはこれだと潤也は思ったのだと言う。
自分の所為で壊れてしまったと思っている勾玉。その影響で父竜が力を持ってきているのだと思い込んでいるだとしたら、杳ならば、何としても封じようとするだろう。
「でも、勾玉は壊れてんだ。封じるって、どうやって」
寛也の問いに潤也はしばし黙ってから。
「勾玉は杳の身体の中にある。それを使おうと思っているのかも」
「そんなことしたら、杳は…」
「遅かれ早かれ死ぬのだと思ってしまえば、それほど苦じゃない。杳ならそう考えるだろ?」
潤也の言葉を否定できない事実が辛い。
「だからヒロ、杳を父竜に近づけさせないで。杳がいない現世には、僕達の守るものは何ひとつとしてないんだ。もしそうなったら翔くんは…天竜王は最悪、父竜につくかも知れない」
「な…っ!?」
絶句する寛也。その寛也を振り向くことなく潤也は続ける。
「杳の命はもうすぐ尽きる。その時が多分、僕達の分岐点だ。どの道を選ぶにしてもね」
「杳は、死なせねぇ…」
寛也は潤也の横顔に低く言う。
潤也は少しうなずいただけで、歩を進めた。
それが避けられない未来だと、寛也の言葉を否定する言葉を飲み込んで。
* * *