第2章
再会と決別
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「手間ばっか、かかるんだから」

 そう言って迎えてくれた杳は、言う程には機嫌が悪くなさそうだった。

 杳の両親が一人息子の為にと借りたこのマンションは、21階建の11階だった。これで最上階だったらどうしようかと思っていたので、取り敢えず安心しながら部屋へ入って、寛也はまた口が塞がらなくなる。

 比べる方が間違っているのかも知れないが、寛也の住んでいたアパートの部屋の倍はありそうなくらいの間取りだった。寛也が跳んだり撥ねたりすると大きく揺れたアパートと比べ、蹴っても殴ってもびくつきそうもなかった。

 寛也の目からは、別次元の人間の住むもののように思われてならなかった。

「何突っ立ってんの? 入ったら?」

 玄関口に呆然と立ち尽くしている寛也は、そう声をかけられて我に返った。

「こっち、ヒロの部屋だから。宅配の荷物、さっき届いたんで入れておいた。自分で片付けてよ」

 玄関を入ってすぐの所に廊下を挟んで左右にドアがあった。そのうちの右手のドアを叩いて、杳はそう言った。

「こっちは?」
「オレの部屋。見る?」

 杳は戸惑いもなくドアを開ける。

 中は奇麗に片付けられていた。机とベッドと本棚があるだけで、残りのものはクローゼットにしまい込んでいるのだろう。

 カーテンはピンクではなくて、少しホッとした寛也だった。

「すげぇよな、お前んち。こんなマンション、ポンと借りてくれるんだから」
「うん。うち、過保護だから」

 言って、小さく笑う。

 多分それは過保護なのではなくて、杳の身を案じてのことなのだと思った。

 セキュリティの完備された所となると、かなり高級を目指さなくてはならなかったのだろう。

「ヒロの部屋、お揃いにしたけど、いいよね?」

 家具は申し訳ないことに、杳の両親が寛也の分まで用意してくれた。これで月1万円などとは、潤也もなんて契約をしたものかと、さすがの寛也でも呆れるばかりだった。

「ホントにいいのか? 俺、こんな所に住まわせてもらって」
「嫌なら岡山に帰ってくれていいんだけど?」
「いやいや、住まわせていただきます」

 即答してしまって、杳にまた笑われた。

 それにしても、夢みたいだと思った。こんな豪華な部屋にこれから杳と二人っきりで生活できるのだ。

 どこにいても人目が気になっていたのだが、ここなら思う存分、杳を自由に自分のものにできる。速攻、今すぐにでも。

 そう思った途端。

「杳、ヒロくん、お昼ご飯できてるわよー」

 リビングから声がした。

 そうだった。まだ杳の両親が残っていたのだった。

 やばい思考に走りかけた寛也は内心で冷や汗を流しながら、リビングに向かう杳に続いた。


   * * *



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