第1章
巣立つ雛
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「眠った?」

 部屋を出ると、一番に潤也が聞いてきた。

 一緒に、最後の卒業式に参加していて、クラッカーで汚れた体育館を残った生徒達と片付けてくれていた筈だった。多分、今帰ったばかりなのだろう、まだ制服姿のままだった。同じように、浅葱もいた。

「ああ、眠らせた」

 竜の力を使うと、杳は眠ってしまうことが多い。睡眠は体力回復には欠かせないものなので仕方ないのであるが。

「じゃあ、ちょっと杳の家へ連絡を入れておくよ。入院中だった筈だからね」
「そうだな」

 卒業式には参加しないと言っていた杳が、病院を一人で抜け出してくるとは考えにくい。とすると、共謀者がいる筈だ。翔ならば絶対に有り得ないだろうから、やったとしたら母親だろう。きっと、病院の方の対応に苦慮しているに違いない。

「それで杳さん、大丈夫なんですか?」

 浅葱が心配そうに聞いてくる。杳の身体のことは知らないまでも、丈夫ではないことは薄々気づいている様子だった。

「大丈夫だ。あいつ、自分の体力を考えずにムチャばっかするから、よくこうなるけどな。今は特効薬が効いているから明日には元気になるだろ」
「特効薬?」

 首を傾げる浅葱に、寛也は笑って答えただけだった。

 これ以上は言えなかった。竜の力を送ることが何を意味するのか知られたくなかったし。

 その寛也の表情を何と受け止めたのか、浅葱も他に聞いてこなかった。こちらの思いを察してくれる聡い子なので、もしかしたら感づいているかも知れなかったが。

「そう言えばヒロ、ちゃんと杳に伝えた? 一緒に東京へ行くって」

 電話が終わると、潤也がすかさず聞いてきた。寛也は言われてハッと気づく。そんなことを伝えることも忘れていたのだ。

 そう言うと潤也は大きくため息をついた。

「早く言って、杳の下宿先も聞いておかないと、ヒロも部屋を探せないだろ?」

 一言に東京と言っても、とんでもなく広い。

 杳が住む場所をもう決めているのかどうかすら聞いていないようでは、下手をすると近くに部屋を見つけられないと言うことも考えられるのだ。

 のんびりしたものだと、潤也は呆れる。

「ま、いざとなれば父さんの所に住めばいいんだろうけど」
「ば…俺、それだけはごめんだからな」

 言って、寛也はバンとテーブルを叩く。

 寛也達の父親は単身、東京で暮らしているのだが、二人の母である妻を亡くして5年余り、つい先日、現地で新しい伴侶を見つけて、とっとと再婚してしまったのだ。

 寛也にも潤也にも事後報告で、もう届けは出してしまったと、ケロリと言ってくれた。

 さすがの潤也も開いた口が塞がらなかった。

 その一方で寛也は、母親が亡くなってまだ何年も経っていないのに再婚なんてあんまりだと、かなり腹を立てていたのだった。

 考えてみれば自分達も悪いのである。父一人だけを東京に行かせて、家族がバラバラになってしまっていたのだから。

 それでも、おめでたいことだからと、二人とも渋々ながら承諾したのだった。

 そんなこともあって、浅葱が今使っている部屋はとうに父の荷物が片付けられてしまっていた。

「だったら早くしてよ。言っておくけど、僕の学費なんかもあるし、新婚の父さんに余り仕送りばかりさせる訳にはいかないから、ヒロは下宿の間借りを探してよね」
「分かってるって」

 それでも新婚の家に住むよりはマシだと思う寛也だった。


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