第1章
巣立つ雛
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「お前なぁ、いい加減にしろよ」

 ベッドに押し込められて、杳は寛也から呆れたように言われた。

 結局、クラッカーを鳴らした所で、杳はそのまま倒れたのだった。

 それ程にも無理をしているつもりはなかったのだが、火薬の匂いに酔ったのと、側に寛也がいてくれることの安心感から、つい、気が緩んでしまったのだろう。

 慌てて杳をかつぎ上げた寛也に、もう保健室は嫌だと言ったら、寛也のうちのアパートへ連れて来てくれた。

「こんな状態で、何で学校なんて来るんだよ?」

 自分が来いと言ったくせにと思ったが、それさえも返す元気がなくて、代わりにそっぽを向いた。その杳にかけられる声。

「でも嬉しかった。来てくれて、ありがとな」

 優しい言葉に、背けた視線を戻すと、寛也は真剣な顔を向けていた。

「お前とあれっきりになんてしたくなかった。これからもずっと、俺はお前を守っていきたい。だから、杳…」

 寛也の手が伸びて、杳の頬に触れてくる。柔らかく包み込むように。その指先から伝わってくる思い。

「これからもずっと、俺の側にいてくれ。俺だけの杳になって欲しい」

 まるでプロポーズのようなその言葉に、胸が熱くなる。寛也の言葉はそのまま杳の思いであったから。

 このままずっと寛也の側にいて、幸せに暮らして行けたらどんなにか――。

 しかし、自分に残された時間はあと僅かだと知っているから。

 杳は静かに首を振った。

「ありがと、ヒロ。ヒロの気持ち、すごく嬉しい。だけどオレは…」

 頬を撫でてくる寛也の手をそっと取る。

「もう、そんなに長く生きられないから」

 小さく言った言葉に、寛也は大きく目を見開く。

「何言ってんだ。そんなこと、あるわけねぇだろっ」
「でもね、ヒロ」
「させねえって言ってんだよっ。そりゃ今はあの時の怪我が元でしんどい思いしてるだろうけど、お前自身がそんなこと言っててどうするっ? 絶対に俺が治してやるから。昔のように、元気な身体に戻してやるから。それまで、俺の力を使い果たしたって、お前の命を守る。だから、そんなこと言うな。どんなことがあっても生きてやるって言えよ、杳…」

 寛也の声が次第にくぐもってくる。少し目が赤くなっていた。

 杳の具合が日を追うごとに悪くなってきていることにまるで無頓着に思えていたのに、本当は一番気にしていて、それでも前向きに考えようとしていたのだと、杳はその時初めて知った。

 本心から、この人と一緒に生きていけたらと思った。

「ごめん…もう、言わないから…」

 呟くと、寛也は唇を重ねてくる。優しく触れるだけのそれ。

「身体に、さわるよな…」

 言いながらも止まらないキスの雨。

 杳はそんな寛也の首に腕を絡める。

「大好きだよ、ヒロ」

 言って、唇を重ねた。


   * * *



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