第1章
巣立つ雛
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少し丸くなってしまったそれを、型がつかないように丁寧に広げた。そして。
「卒業証書 葵杳殿」
いきなり、読み上げ始めたのだった。
「あなたは、本校において高等学校普通科の教育課程を終了したことをここに証します。平成…」
大きな声で、支え支え読み上げる短い文章。ありきたりなその文語も、今ではとても重いものに感じられた。
何とか読み上げた寛也は、証書をくるりと逆に持ち、杳の方へ向けて差し出す。多分、今日こうして校長から受け取ったのだろう。
杳は寛也の差し出す卒業証書に手を伸ばした。
しっかりと手に取って、少し頭を下げた時。
「よく、頑張ったな」
優しい声が降ってきた。
杳の心のことも身体のことも知っていて、ずっと支えてきてくれた人のその言葉に、胸の奥から一気に込み上げてくるものを押さえ切れなかった。
うつむいた瞼の内からあふれ出すものを止められなくて。
「ヒロ…」
感謝の言葉も声にならなくて、寛也の首に抱きついた。
この卒業証書を手にすることができたのは、自分の努力でも何でもなくて、この人がいてくれたから、それに尽きるのだ。
杳の我が儘も、全て受け容れてくれた、一番、大切な人。
自分は、この人を守る為なら、多分――。
と、その時、一斉にパンパンと何かの破裂する音が辺りに響き渡った。反射的に顔をあげると、カラフルな紙吹雪や万国旗が宙に舞っていた。
そして、いつの間に集まったのか、寛也と同じように胸に赤いバラのリボンをつけた同級生達がいた。
幾つも幾つも、次々に鳴らされていくのは、クラッカーだった。
「あの…これ…?」
みんな帰ったのではないのかと、目をしばたかせる杳に、寛也は頭をかきながら言う。
「卒業式の最後に何かしたいって思ったんだけど、花火も爆竹も禁止されたから」
だから、仕方なくコンビニで買ったクラッカーを準備したのだと言う。
「ホラこれ、お前の分」
言って、寛也がポケットの中から取り出したのは、小さなクラッカーを3つ束ねてセロハンテープでくくりつけたものだった。一度に鳴らせば、小さくてもそれなりの迫力があるだろうと思ったのかどうなのか。
「俺達の卒業式、お前が締めくくれよ」
その為にこんな時間まで待っていてくれたのだ。寛也もみんなも。
「バカ…」
呟いて受け取るクラッカー。纏めて3つ持っても、手のひらに収まるくらいの小さなものだった。杳はその紐を3本持つ。
「ありがとう…」
天井へ向けて、思いっきり打ち鳴らした。
安っぽいが、色とりどりの花吹雪が降ってくるのが、とても奇麗に見えた。
* * *