第1章
巣立つ雛
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 校庭を左手に、校舎を右手に、正面が体育館。2年生の時、校舎が壊されて、夏休みまでの間、ずっと蒸し暑い中で集団授業を受けた。

 熱くて何度も倒れたことが思い起こされる。寛也に抱えられて保健室へ連れて行かれたことも一度や二度ではなかった。

 騙されてミスコンテントにも出さされた。さすがに3年の時には逃げ回っていたのだが、結局、引っ張って行かれた。迷惑この上なかったが、それでも楽しかったのだと、懐かしく思い出す。

 ゆっくり歩いて、ようやくに体育館にたどり着く。

 鍵はまだかけられておらず、杳は靴を脱いで上がる。上履きを持って来なかったと気づいて、そのまま中へ入った。

 案の定、そこに人影はなかった。卒業生とその保護者が入れば溢れかえる程の広さしかない体育館は、今はとても広く感じられた。

 体育館の真ん中まできて、杳は立ち止まる。何だか感傷にひたってしまいそうだと考えて、すぐにきびすを返す。

「教室かな…」

 寛也が待っていると言った言葉を思い出す。そう言えば、どこにいるのだろうかと思った時。

「遅いぞ、杳」

 いきなり後方から声が聞こえた。振り返って見ると、そこに寛也がいた。

 舞台の上に立って、珍しくもきちんと制服のネクタイを締め、胸には赤いバラが飾られていた。

「ヒロ…」

 ホッとする自分がいる。

 来るつもりなどなかったくせに、寛也が待っていてくれたことがひど嬉しかった。

 杳はゆっくりとした足取りで、寛也に近づいていった。走ると倒れそうになるので、ゆっくり一歩ずつ踏みしめながら。それを寛也は黙って待っていてくれた。

 舞台の下まで来て見上げる杳に、上がって来いよと指さしたのは、卒業式で使われたまま片付けられていない可動式の階段だった。

 向かって右側から上がって、舞台の真ん中で卒業証書を受け取って、舞台左側にも設置された階段から降りていく。

「俺、お前の代わりに卒業証書、受け取ってやったんだぜ。佐渡の奴が自分がするってうるせぇの蹴散らして。お前、出席番号1番で、俺が最後だからいいだろうって先生も賛成してくれて」

 そう言って寛也は、筒に入った証書を見せる。

「そう。ありがと」

 杳はそれを受け取ろうとして手を出すが、ぱっと避けられる。

 渡してくれないのかと思って寛也を見ると、寛也は筒の蓋をパカリと音を立てて開け、中の証書を取り出した。


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