第1章
巣立つ雛
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「これ、銀のチェーンに合うわね」

 ふと気づいたように言う母の言葉に、杳も初めて気づく。そう言うことかと。

「遠回しなことを…」

 言いながらも、うれしい気持ちは隠せなかった。

「お礼、言わなきゃね」
「うん…そうだ、今日、何日?」

 目でカレンダーを探すが、そんなものはある筈もなかった。

「3月1日」

 返ってきた母の言葉に、大きく息をつく。

 3月1日――卒業式、当日だ。とすると倒れたのは誕生日の前日だから3日も眠っていたことになるだのだろう。

 多分、その間ずっと病院へ通っていたであろう母は、しかし疲れなど一向に見せることなく、少しだけ楽しそうに言った。杳の心情を見透かしたように。

「卒業式、行きたい?」

 行くつもりは最初からなかったのに、がっかりしている自分がいた。

「母さんね、卒業式の日までにはるちゃんが目を覚ましたら困ると思って、ちゃんと用意しておいてあげたのよ。ほら」

 そう言ってロッカーを開けて見せる。その中に吊るされていたものは、きちんとクリーニングされて返ってきた制服だった。

 もう着ることもないと、最後の授業のあった日にクローゼットの奥に押し込んだのに、いつの間に。

「起きられるんなら行きなさい、卒業式」
「でも…」

 きっぱり言う母に、杳は少し苦笑を浮かべる。

 カレンダーはなくても、時計は置かれていた。もう、昼を回っている。とうに卒業式は終わっている時間だった。

「間に合わないよ…」
「何言ってるの」

 母は、ロッカーから取り出した制服を杳に押し付けてくる。

「卒業式が終わっても、待っていてくれる人、いるんじゃないの?」

 はっとして顔を上げる。その杳にウィンクひとつ寄越して。

「行かなきゃね。間に合わなかったと諦めるのは、行ってからでもいいんじゃない?」
「母さん…」

 この前向きな言葉がひどくうれしかった。

 昔からそうだった。

 人付き合いが下手で友達を作ることもしない杳に、いつも両手を差し伸べてくれていた。特にこれと言った問題を起こさないが、問題だらけだった杳に。

 そして今も。丈夫に生んでくれたのにこんな身体になってしまって、何と詫びたら良いものか。

 杳はその制服を握り締める。

 そして、謝罪の言葉の代わりに選んだ言葉。

「オレ、今度生まれ変わっても、母さんの子どもでいたいな…」

 少しだけ浮かべた笑顔に、彼女は満面の笑みを返してくれた。





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