第1章
巣立つ雛
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 なのに、窓辺に花を飾って振り返った母は、余り心配した表情を見せることもなく、いつもの口調で言った。

「てっきり死んじゃったと思って、お坊さんを呼ぼうかお医者さんを呼ぼうか迷って、取り敢えず救急車を呼んだら、まだ生きてて…。母さん、消防署の人に怒られちゃったわよ」
「ごめん…」

 冗談のように言うこの母親は、昔から何かに付けて心配事の絶えない杳に対して、気負わせない態度だった。それが彼女の接し方なのだ。優しい言葉はないが、その優しさはいつも痛いくらいに感じていた。

「でも、残念ね。お誕生日ケーキ、食べられなくて」
「え…?」
「せっかく準備してたのに。そんな顔してもダメ。もうみんなで食べちゃったわよ」

 そう言えば、翌日が誕生日だったような気がする。

 去年はまだ学期途中で、登校したら既に机の上にプレゼントが山盛り置かれていて閉口したものだったが、今年は学校も自主登校だったので、余り意識していなかったのだ。

「それ、ヒロくんが持ってきたのよ。27日に」

 母の指さすのは、先程の包みとリボンのついた箱。

「ヒロくんと、弟のジュンくんからだって。モテるわね、はるちゃん」
「その呼び方、やめてよ」

 冗談混じりに言う母を少しだけ睨んで、杳はそれらを手に取る。

 多分、間違いなく、ただの包みの方が寛也で、リボンのかかっている方が潤也だろう。潤也はともかく、寛也が覚えていたなんて、何だか妙におもはがゆい気がした。

 なので、潤也の方から開けてみることにした。

 細長い小箱に、何が入っているのか見当もつかなくて、少しドキドキしながら赤いリボンを解く。包みを丁寧に開いてから蓋を開けると、中には銀色の鎖が入っていた。

「?」

 馴染みの無いアクセサリーに、少し小首を傾げてみる。

「あら、奇麗なネックレスね」
「ネックレス…?」

 杳は眉をしかめながら、寛也の包みの方に手を伸ばす。

 包みの中には木でできた小箱が入っていた。表面に書かれている文字は、「開運御守り」だった。

 何故御守りか、しかも開運なんてどうなんだろうかと、ますます訳が分からないと首を傾げながら小箱を開く。

 と、その中に入っていたもの。

「…勾玉…」

 それは、艶やかに光を映す、黄色の勾玉だった。

 かつて持っていたものと比べると大きさも重圧感もないし、色付きもむらがある。だが、色見がとても奇麗だった。

 箱の底に入れてある説明書きには、「神話の国宮崎」と書かれていた。いつの間に行ったのだろうか。こんな物は山陰辺りにでも行けば手に入るだろうに、何故わざわざ九州まで出向いたのだろうか。

 突っ込みどころは山程あるが、何とも寛也らしいそれに杳は笑いが漏れる。


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