第1章
巣立つ雛
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「だったら、ヒロがついて行けばいいじゃない?」
そんな簡単な答えに気づかない寛也に、潤也は少し呆れて言う。
「どうせ浪人するんだから、予備校、東京へ行っちゃえば?」
「できるかよ。だって、お前一人置いてなんて」
「は?」
潤也は、思ってもいなかった寛也の答えにキョトンとする。が、すぐにその理由に思い至って笑い出した。
「やだなぁ。僕はもう昔の僕じゃないよ。この身体も、竜の力があの以上、普通の人間よりはるかに頑丈だし」
「え…?」
呆れたことに、寛也はすっかり失念していた様子だった。
生まれつき身体の弱かった潤也は、母が亡くなり、父が単身赴任で東京へ行った後も主治医のいるこの地へとどまった。その潤也に付き合って寛也もずっと側にいたのだった。
しかし、寛也と同じように2年前に竜族としての覚醒があって以来、それまでのことがまるで嘘のように丈夫になっていた。多分、寛也の心配するようなことはもう何も起こり得ないのだ。
「でもな…」
それでも、幼い頃からよく寝込んでいた弟のことが心配でない訳がないのだろう。
そんな寛也に、潤也は軽く言い放つ。
「戦に心配されるようじゃ、僕も落ちたものだね」
かつての竜族である身では、炎竜である戦は風竜である凪からすればかなり下の弟にあたる。他の兄弟達が放棄しきっていた年少者達を養育したのは、この自分なのだ。その末弟である戦――寛也に心配される程、落ちぶれてはいない。
「大丈夫だから、行っておいでよヒロ。杳の目指す先にヒロがいないんだとしたら、ずっと隣にいて一緒に歩いていけばいい。側にいてあげなよ」
多分もう、杳は長く生きない。そんなことはとても寛也には言えないが、だからこそ杳の残された時間を大切にしてあげたいと思った。
何をやりたくて東京へ行こうとしているのか分からないが、杳自身も本当は寛也が側にいてくれることを望んでいるのだろう。
もしかしたら杳は自分の身体のことを十分に分かっていて、寛也から遠ざかろうとしているのかも知れない。それならば尚更である。
「本当に、本当に大丈夫なのか、ジュン?」
「しつこいな。ヒロがいない方が家の中も静かでいいよ。それに浅葱もいるから、寂しくもないしね」
「そっか…
少しだけ寛也が寂しそうにするのは、それでも兄としての気持ちからか。が、すぐに表情を明るくしてみせる。
「分かった。俺、行くよ。あっちの予備校、適当に見繕っておいてくれよ」
「はあ?」
それくらい自分でしろと言う間もなく、寛也は続ける。
「新居、探さなきゃならねぇよな。色々揃えるものもあるし。なあ、カーテンの色とか、ピンクがいいとか言われねぇよな?」
「勝手にすれば」
潤也は呆れて、寛也に背を向ける。本当に、単純馬鹿なんだからと、口の中で悪態をつきながら。
* * *