第1章
巣立つ雛
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 バタンッ。

 思いっきり音をたててアパートのドアを閉める音がした。古いアパートはそれだけで家中が振動する。

「もう。ヒロ、うちを壊す気?」

 キッチンで夕飯を作っていた潤也が振り返り様にたしなめる。が、一目で分かる寛也の不機嫌極まりない様子に、眉をひそめただけで、それ以上とがめることはしなかった。

「何かあったの?」

 鞄を持たず制服姿のままの寛也は、ドスンと音をたてて、そのままキッチンの椅子に座る。ムスッとして足を組んで、テーブルの上に肩肘をついて。

 そんな寛也の様子に、潤也は少しだけ肩をすくめてから、また夕飯の続きに取り掛かった。

 その背にかけられる声。

「なあ、ジュン。杳が東京へ行くって、知ってたか?」
「え?」

 何のことかと振り返る潤也。

「杳、大学でも受けてたの?」
「ああ。東京のナントカって大学」
「ナントカって…」

 寛也の言い回しに呆れるが、それよりも寛也がそのことを知らなかったのだと言うことの方が潤也には驚きだった。てっきり将来のことを――漠然としたままであっても――話し合っているものだと思っていたのだった。

「自分の目指す先に俺はいねぇって…そんなの、有りかよ? あいつ、ずっと黙ってて、このまま何も言わずに行くつもりだったんだ…」
「相変わらず…」

 それも杳らしいのではないかと思いかけたが、口に出すことはしなかった。その代わりの言葉を寛也に投げかける。

「で、ヒロはどうするの?」
「どうするも、こうするも、あいつ、俺の言う事なんて全然聞かねぇんだ。もう決めたからって。冗談じゃねぇよ。俺はあいつと別れるつもりはねぇし、絶対、行かせねぇ」

 どちらも我が儘だと、潤也は思わずため息をつく。

「こんな時期になって、普通でも今更取りやめたりしないだろ。杳はどれだけ邪魔されても、行くと言ったら行くと思うよ」

 そんなことは、潤也よりも寛也の方が良く分かっているだろうに。

「でも、あいつの身体は…」

 例のことがあってから、もうすぐ2年。竜達の力で何とかつなぎ止めている杳の命についても、良い解決策が見いだせないまま、月日だけが流れていった。

 今、杳の命を支えているものは、寛也の与える竜の力と、杳自身の持っているだろう気力だけだった。

 最初のうちは何カ月かに一回程度しか寛也の力を必要としなかったものの、最近では週一回かそれ以下の間隔になっている。そんな状態で遠い東京へなど一人で行かせられないと言うのだった。


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