第1章
巣立つ雛
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 強い意志を含んだそれは、何かを決意した時のものだと思った。こんな目をする杳に、何を言っても無駄なのだとは、自分が一番良く知っていることなのだ。

 だが、何を思ってそんなことを言うのかが、まるで理解できなかった。

「もう来ないで。ヒロとはもう会いたくない」
「許さねぇからなっ。一人で行っちまうのも、俺から離れるのも、絶対に許さねぇ」

 言って、まだ何かを言い返そうとする杳の唇を塞いだ。

 自分でも、こんなに独占欲が強いだなんて思ってもみなかった。

 杳の言うように、本当はそうなのかも知れない。いつかはそれぞれの道を歩む日が来るのかも知れない。

 しかし、今がその時だとは思えなかった。思いたくなかった。

「ちょ…ヒロ…」

 顔を背けようとする杳の顎を捕らえ、逃げられないようにして、より深く口付ける。

 すぐに息の上がる杳の身体を、ベッドの上に横たえさせて、なおも唇を求めた。

 こんな強引な口付けなんてしたくなかった。

 杳が少しでも嫌がることなどしたくないのに。それなのに、思いは止まらなかった。

「杳…杳…愛してる…」

 息をつきながら見上げてくる杳の瞳は、切なく揺らめいていた。だが、その奥底にあるものに手が届かない気がして仕方がなかった。だから、我武者羅にその身を掻き抱く。

 その寛也の背に、そっと回されてくる杳の手を感じた。

「しよっか? ヒロ」

 耳元で聞こえてきた声に、驚いて顔を上げる。そこには深い色をした瞳――かつてのあの少女のものであり、全く別の存在、求めても求めてもやまない魂があった。

「ずっと知ってた、ヒロの気持ち。ヒロがどんな目でオレを見ていたのかも、ずっと我慢してくれてたのも。だから…いいよ」

 言われた途端、頭に血が上るのを覚えた。

「お情けかよ? 俺はそんな気持ちでお前のこと好きな訳じゃねぇ。お前のこと、何よりも大事だから…何にも代えられねぇと思うから…」

 何が悔しいのか分からないくらいに、胸が痛かった。涙が出そうになるのを堪えて、噛み締めた唇。その唇にそっとふれてくるのは、杳の細い指先。

「違うよ、ヒロ。オレもヒロのこと好きだから、したい。それじゃ、ダメ?」

 見上げてくる杳は、目が合うとわずかに目を細める。

「いいのか…?」

 恐る恐る聞く寛也に、杳はきれいな笑みを浮かべた。

 了承の意味を込めて、寛也はもう一度口付けた。


    * * *



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