第1章
巣立つ雛
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南向きの杳の部屋は、春を思わせる陽光が降り注いでいた。
暖房も不要なくらいの暖かさに、寛也は上着を脱いで椅子の背に掛けさせてもらう。
その横で、杳は買ってきたものを机の上に置いて、袋の中からペットボトルを取り出した。最近、懲り始めたと言うミネラルウォーターだった。杳はそのうちの一本を寛也に差し出す。
「飲む?」
「ああ…」
寛也は味気のないミネラルウォーターは好きではなかった。スポーツドリンクは買って飲むが、水は水道水で十分だと思っていた。わざわざお金を払って買おうなど、考えられなかった。
が、杳に言わせると、売っているミネラルウォーターは全て口当たりや味が違うらしかった。その中での杳のお気に入りの水を差し出されて、寛也は断れる筈もなく受け取った。
杳はそんな寛也からわずかに視線を逸らしたままで、自分も同じものを持ってベッドに座り込んだ。
明るい日差しの差し込むその場所で、杳の姿はひどく儚く見えた。それを黙って見ていると、ふいに杳が小さく笑った。
「何ふて腐れてんの? 座ったら?」
言われて、寛也は一口だけ飲んだペットボトルを机の上に置く。そして、杳の正面に立って、見下ろした。
「お前、何で俺に黙ってた?」
サラサラと、細くきれいな髪が光を受けて一本ずつ輝いて見える。全てが作り物めいて見えて、ひどくきれいだと思った。
ゆっくりとした動作で、杳はペットボトルの蓋を閉め、一言ずつはっきりとした口調で言った。
「言う必要、ないと思ったから」
信じられないような杳の言葉に、愕然とする寛也。
「どうしてだ? お前、俺のこと…」
「好きだよ」
「だったらっ」
寛也は杳の腕を掴んで、その顔を覗き込む。杳はまた、わずかに目を逸らしてしまう。
「オレの人生だから。ヒロにはヒロの人生があるだろ? だから言わなかった。オレの目指す先に、ヒロはいない」
「な…!」
そんな話など、今更信じられる訳がない。それに――。
「俺の目指す先にはお前しかいねぇんだよっ。お前が嫌だって言っても、絶対、引き留めてやる」
「ばかヒロ…」
呟くように言って、杳はようやく視線を向ける。