第1章
巣立つ雛
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学校から杳の家へは、寛也の足で自転車を飛ばして30分余り。それでも全速力でペダルを漕いでの話だった。
竜になればあっと言う間ではあるが、昼間から竜体を現すのは気が進まなかった。
普通の人間から竜の姿は見られないので、天を泳ぐこと自体は問題ではなかった。しかし、竜体に転身する時、普通の人の目には人間の姿が突然消えたり、現れたりするらしい。不可視の竜体になるのだから当たり前であるが、そんな所を人に見られるのは極力避けたかった。
これも、一分一秒を争う場合にあっては、四の五の言っていられないのではあるが。
ようやくにして到着した葵家の門の前で、寛也は呼び鈴を鳴らす。
思いっきり飛ばしてきたので、汗だくだった。
2月末だと言うのに、今日は春並の暖かさだった。今年は雪も殆ど降らず、例年にない温暖な気候だった。
しばらく門の前で待って、何の返事もないことに寛也は苛ついて、もう一度呼び鈴を押す。
「出掛けてんじゃねぇよなぁ…」
軒下にはバイクが置かれたまま、カバーがかけられていた。車庫に自家用車が見えなかったので、母親は出掛けているだろうことが分かったが、一緒に出掛けている可能性もある。
もう一度呼び鈴を押してみて、何の応答もないことに、寛也はガックリと肩を落とす。
昨夜電話で話した時にも、杳は何も言わなかった。自分の進路のことも大きな声で言うのもはばかられるので、余り聞かなかった。
元々、センター試験すら受けていなかったようなので、てっきり自分と同じく浪人するものだと思い込んでいたのだ。
「杳…」
ポツリと呟いて、仕方なく、塀に立て掛けておいた自転車にまたがろうとした。その時。
「ヒロ?」
大好きな声で名を呼ばれた。急いで振り向くと、杳が立っていた。
「お前…どこ行ってたんだよっ」
「どこって…コンビニに…」
その手に下げているのは、見覚えのあるロゴの入ったビニール袋だった。こんな田舎にコンビニなんて、しかも徒歩で行ける距離にあるとは思ってもいなかった。
「それよりヒロ、どうしたの? 学校は?」
杳は寛也の制服姿に気づいて聞いてくる。門を開けて、ポケットから玄関の鍵を取り出しながら。
寛也は自転車を門の中に入れながら答える。
「お前に聞きたいことがあって」
「なに?」
「お前、東京に行くって、ホントなのか?」
杳は玄関のドアを開けてから、寛也を振り返ることもなく、静かに言う。
「ああ、そのこと…」
それは、肯定と取れる言葉だった。
「って、ホントなのかっ!?」
その腕を取って振り向かせる。が、杳はすぐに顔を逸らす。
「まあ、上がってよ。誰もいないから」
そう言って、寛也の手をやんわりと解いた。
何故か、視線を合わせることはしなかった。
* * *