第1章
巣立つ雛
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「爆竹は、やっぱマズいよなぁ」

 大きくため息をついて一人ごつのは結崎寛也だった。それを聞きとがめる者は、自由登校の時期で閑散とした教室の中には殆どいなかった。ましてや、その意味を知る者などいる筈もなかった。

 寛也は、間近に迫った卒業式に、何かひとつ派手なことをして記念にしたいと考えているのだが、どうも名案が浮かばないでいたのだった。

「いっちょ、結婚式でも挙げてぇくらいなんだけどなぁ」

 思い人の葵杳と。

 考えてみて、顔の筋肉が一気に緩んでしまった。

 何となくダラダラと、交際をしているのだかしていないのだか分からないような関係のままここまで来てしまったのだが、それでも杳の気持ちは十分過ぎる程に掴んでいた。

 あと一息だと、いつも思うのだが、待ってくれと言われた以上、寛也はその杳の気持ちを優先させたかった。身体のこともあるので、余り負担をかけたくないのが一番の理由だったのだが。

「結崎、お前、総崩れだったって?」

 ふと肩を叩かれた。

 顔を上げると、そこにニヤニヤ顔をした委員長の佐渡亮が立っていた。

 彼は地元の国立の前期日程を先日終えていた。学力的にも合格圏であるうえに、手応えもあった様子で、残り少ない高校生活を楽しんでいる様子だった。

 一方の寛也は、元々浪人覚悟であったと言えばまるっきりの言い訳で、センター試験も芳しくなく、幾つか受けた私立も全て合格には至らなかった。

 つまり、浪人決定である。

「いいんだよ、俺は。長い人生、少しくらい足踏みしたって」
「お前は足踏みしっ放しじゃねぇか」

 言外の意味を寛也が気づく筈もないと、呆れ顔を隠せない佐渡だった。

「そう言えば、お前知ってたか? 杳、東京へ行くって」
「はああ?」

 佐渡のいきなりな言葉に、寛也は素っ頓狂な声を出す。その寛也の表情から、やはり知らなかったのかと、佐渡はまたも呆れ顔だった。

「ねずみーランドへでも行くのか? 俺、誘われてねぇけど…」
「馬鹿か」

 思いっきり頭を殴ってくる佐渡。

 有り得なかった。杳が人の多い東京へ行くだなんて。しかも、寛也には何も言ってくれていない。第一、何の為に。

「俺も詳しくは知らねぇんだけど、大学、受けてたらしいぞ。センター試験も受けずに、そこ一本に絞ってたって話だ」
「何で…?」

 寛也にとっても東京の大学なんて、それこそ有り得なかった。

 そう言えば3年になって、杳はかなり真面目に勉強をしていたとは思っていたのだ。その時から行きたい大学があったのだ。だが、そんな事、今の今まで一言も杳の口から聞いたことはなかった。

「知らされてねぇんじゃ、お前も見切りをつけられたって事じゃねぇ?」
「んな訳ねぇだろっ」

 怒鳴って、立ち上がった。

 佐渡はニヤニヤしたまま続ける。

「東京なんて行ったら、杳は好き者の餌食だぜ」
「んだとーっ?」

 寛也は佐渡の胸倉を掴み上げた。

「そんな事、許せるかっ!」

 言って、寛也は佐渡を突き飛ばす。

「直接聞いてくる。杳はどこ行った?」

 そして辺りを見回したが、当然のごとく、出席している筈もなかった。


   * * *



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