第7章
過去、そして未来
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 部屋を出ると、おいしそうなシチューの匂いが漂っていた。途端、寛也の腹の虫が盛大に鳴り出した。もう夕飯時を過ぎていた。

「ジュンー、俺、腹減っちまったぁ」

 訴えながらキッチンへ入って、寛也は思わず立ち止まった。そこに、のんびりと椅子に座っている翔がいた。

「お前…」

 どうして知らせたのかと潤也を見やると、呆れたように返してきた。

「杳の携帯の電源を入れたらね、3秒でやってきた」

 竜王はもしかして電波まで感知することができるのだろうか。だとしたら、とんでもなく恐ろしい敵かも知れない。

「それより杳は? 寝ちゃった?」

 杳の分のシチューも当然用意していたのだろう。

「ああ。だけどあれ、昼も食ってねぇだろうから、夜中に腹減って起き出すんじゃねぇ?」
「そうだね」

 その時に食べてくれればいいかと、潤也はのんびり言う。それよりもと、寛也は翔に歩み寄って、その胸倉を掴み上げた。

「てめぇ、力ずくってのがあれかよ? ふざけてんじゃねぇっ」

 怒鳴る寛也に、近所迷惑だと叱咤する潤也。それを無視して。

「戦に何が…」
「俺に何が分かるって? んなもん、何も分かんねぇよ。お前だって杳のこと、何も分かってねぇじゃねぇか。あいつがどんだけ辛い思いでいたかなんて、考えてねぇだろ」

 実際のところ、寛也にも何ができたと言う訳でもないが、それでも杳のことを第一に考えていた自信だけはある。それは誰にも負けないくらいに。

「考えてますよ。ずっと僕にはそれだけしかなかったから」

 ならば何故あんなことをしたと言うのか。杳は合意だと言っていたが、杳が逃げられないことを分かっていて迫ったのだ。言うなれば、あみやと同じ思いを味あわせたのだ。それを責め立ててやりたかったが、多分、それは杳自身が望まないだろうと、ふと思った。

 寛也は掴んでいた翔のシャツから手を放して、その代わりに睨み据える。

「杳は俺のもんだ。今度手ぇ出したら、ぶっつぶしてやるからな」

 まだ本当には答えをもらってはいないが、これくらいは言える立場にいるのではないかと、確信していた。

 その横から煥発入れず、潤也の冷ややかな声が聞こえた。

「ヒロも今度逃げたら、ただじゃおかないからね」

 にこにこと笑みを浮かべながらも言い放つ潤也。その目が本気の様を呈していたので、たった今啖呵を切ったばかりの寛也であったが、思わず後ずさってしまった。

 そんな寛也を尻目に、翔は椅子から立ち上がる。咄嗟に身構える寛也に一瞥を加えただけだった。

「帰ります。ここにいても肩身が狭いですから」
「そうだね。君が寝ている間に、手元が狂って、刺してしまうかも知れないし」

 それでシチューの具材の何を切ったと言うのだろうか、出刃包丁を手にしている潤也には、寛也でなくとも一歩引いてしまうだろう。

「杳は明日、迎えに…」

 翔がさっさと退散しようとしようとして言いかけた言葉を寛也が遮る。

「俺が送ってくから、いらねぇよ」

 寛也の言葉に翔は眉を吊り上げたが、すぐに引く。

「そうですか…」

 つぶやくように言って、背を向けた。その背が、ひどく悲しそうに見えたのは寛也の気の所為だろうか。

 そのまま翔は空気に溶けるように、その身を消した。

 相変わらず人間離れした技だと、今更になって自分の言った言葉を思い出してぞっとする寛也だった。






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