第7章
過去、そして未来
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結局、ふらついてしまう杳を抱え上げて、寛也はベッドまで運んだ。
余り片付いていないと言うか、むしろ散らかり放題の部屋であるが、杳だけは笑ってやり過ごしてくれる。
杳をベッドの上に降ろして寝かせようとして、ふと腕を掴まれた。何かと思って見やると、真剣な色をした瞳とぶつかった。
「どうした?」
杳を見ていると、自然に優しい言葉が出てくるようになるのは、何故なのだろうか。
「ヒロに聞いて欲しいことがあるんだ…」
まだ何かあると言うのだろうか。杳の表情から、言うのが辛そうに見えるのは気の所為だろうか。今聞くべき話なのだろうかと考えて。
「何だ? 身体が冷えるから、大したことじゃないなら明日聞くぞ」
言うと、杳は首を振って俯いた。
「うん…大したことじゃないんだけどね…」
ひどく頼りなげで、儚げで、このまま手放したら消えてしまいそうに思えた。その残り僅かであろう命の灯が、その一瞬でかき消されてしまうのではないかと、とっさに思った。
寛也は杳の横に腰を降ろして、柔らかくその肩を抱き寄せた。
「こうすれば、少しは暖かいか?」
至近距離で囁くように言うと、見上げてくる杳の瞳が切なそうに震えた。
「ヒロ、オレのこと、嫌いにならないでね」
そんなことは何があっても起こり得ないのに、それでも杳は不安そうに寛也の服を掴んでくる。
「オレね…あみやなんだよ」
つぶやくような声に、ああ、知っていたのかと、ただそれだけ思った。そんな寛也の表情に、杳は僅かに笑んで見せた。
「…知って、たんだ…?」
「あ、いや…知らなかったけど、昨日聞かされた」
翔に。だから寛也は杳に近づける資格はないのだと言われたのだ。
「そっか…だから今日…」
今日のデートのことを、昨日あれだけ喜んでいたにも関わらず。今日になって手のひらを返したように拒絶したのが、それが原因だと気づいたんだろう。杳はゆっくりと寛也の腕の中から離れようと身を引く。その杳を逃げないように抱き締めた。
「違う。俺が今日行けなかったのは、お前のこと嫌いになったからじゃねぇよ。俺の方がお前を傷つけてるから…また悲しませるから…」
そしてまた、傷つけてしまった。近づくことで傷つけると言うのに、離れていこうとすると、杳はこんなにも不安そうだった。
どうすればこの腕の中の人を幸せにできるのか分からなかった。ただ、ただ思うことは――。
「お前があみやであっても、他の誰であっても関係ねぇんだ。俺は今のお前が…葵杳のことが好きなんだ」
それ以外の何物でもないのだ。口に出してみて初めて気づいた気がする。
「だからお前もあみやとして竜王に身を捧げるんじゃなくて、お前自身として思う人を好きになって、葵杳として幸せになればいい。俺も…」
覚醒した今、戦であることは前世でも何でもなくて自分自身なのであるが、それでも。
「俺も結崎寛也としてお前のことが好きなんだ」
初めから、杳があみやであっても、綺羅であっても関係なかったのだ。