第7章
過去、そして未来
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「で、あのキスマーク、まさかヒロがつけたんじゃないよね?」

 隠したつもりだったのに、潤也に見つけられていたのだった。

 杳を風呂に入れてキッチンへ戻ってくると、潤也は夕飯の続きに取り掛かりながら聞いてきた。相変わらずそれを手伝うでもなく、寛也はテーブルにつく。

「ち…違うって」
「じゃあ…」
「…」

 黙り込む寛也に、潤也は眉をしかめた。

「翔くんか…」

 つぶやく潤也に、何故分かったのかと寛也は顔を上げる。それを軽く笑って潤也は続ける。

「翔くんのあの慌てようもいつもと違っていたからね。何かあると思ってたんだ」

 丸っきり平静にしか見えない潤也に、自分の思い人なのにと寛也は少し意外な気もした。

「杳は何だかんだ言っても、翔くんのことを大切に思っているから。どうしてもって迫られると断りきれないかもね」
「何だよ。それって愛情でも何でもねぇじゃねぇか」
「愛情だよ。恋愛ではないかも知れないけど、杳は翔くんのことが好きだよ」
「お前なぁ」

 どうしてそんなことを平気な顔をして言えるのか、寛也には理解できなかった。杳が翔のことを好きなのだとしたら、翔はその杳の気持ちを利用したと言うことではないのか。寛也にはそれが許せなかった。

「じゃあヒロ、例えばだけど、僕がヒロに好きだって言って迫ったら、ヒロ、どうする?」
「え…っ?」

 潤也の言葉に思わず身を引く寛也。頬が我知らず引きつる。それを見て潤也は笑いながら。

「今じゃなくて、覚醒する前とか。まだ心臓が悪くて、病気ばっかりしてた僕がさ、すごく思い悩んでヒロに迫ったとしたら…ヒロは僕を邪険にできた?」
「う…」

 今はともかく、昔の潤也は寛也にとって庇護する対象だった。弟であるし、運動も下手で、寝てばかりいた潤也。欲しいものがあったら何だって与えてやりたい、やりたいことがあったら適えてやりたいと、いつも思っていた。

「そんな感じじゃないかな、杳も。翔くんに甘えられたら、拒絶できないんだよ」

 寛也からすれば、翔は竜王であり、自分よりも強い力を持っている。一時とは言え、敵対していた相手である。口ぶりも生意気で、常に挑戦的な態度を見せていて、かなり気に入らない存在だった。だから余計に許せないと思ったのだ。それなのに、杳にとっては幼い頃から一緒に育ってきた可愛い――多少の語弊があると思われるが――弟のようなものだったのだろうと潤也は言う。昔の潤也が自分にとってそうだったように。

「それでも杳は傷ついたんだ。やっていいことじゃねぇだろ」

 言葉にならない怒りに、握りこぶしを強く握る寛也。その彼を潤也はコンロの火を止めて振り返った。


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