第7章
過去、そして未来
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「ジュン、悪ィけどタオルと着替え、持って来てくれ」
アパートに戻ってくるなり、寛也は怒鳴る。丁度キッチンで夕飯の支度を始めていた潤也が、驚いて駆け寄ってきた。寛也の腕の中でぐったりしている杳を見て、急いでバスタオルを取りに行く。
幸いなことに潤也が無駄なくらいキッチンを暖かくしてくれているので、ストーブの前に陣取れば十分だった。片手に杳を抱いたまま、潤也から受け取ったバスタオルを頭から被せていく。
「杳、杳」
少し揺すぶると、わずかに目を開けた。
「着替えるから、少し起きろ」
濡れた髪の毛から滴が垂れる。いくら拭いても冷たいままだった。
「熱、あるの?」
着替えを用意して、潤也が戻ってくる。
「…わかんない…」
「もし大丈夫なら、お風呂に入るのがいいよ。もうすぐ沸くから」
「うん…」
うなずく杳のセーターを脱がせようとして、寛也ははたと手を止めた。じっと見下ろしていた潤也に目をやる。
「ジュン、お前、ちょっとあっち行っててくんねぇ?」
寛也の言葉に潤也はキョトンとする。が、俯いたままの杳に気づいたようで。
「じゃあ、お風呂の様子見てくるよ。入るならこのまま入って」
言って潤也はキッチンから出て行った。
風呂場へ向かうその後ろ姿を見送ってから、寛也は杳のセーターを脱がせる。その下に着ているTシャツの首元から覗く赤いうっ血。多分、翔のつけたものだと思えた。それに寛也が目を止めていることに気づいて、杳は寛也の手からセーターを取り返して首元を隠す。
「あまり見ないでよ」
「あ…わりぃ…」
言って、バスタオルで杳をくるんだ。たった一瞬垣間見ただけなのに、ひどく色香が漂ってくるようで、バスタオルごと杳を抱き締めた。
「ヒロ…?」
「なあ、杳…お前、このうち、住まねぇ? 俺達と一緒に」
そうしたらもう翔にも手出しはされないだろうし、学校から近いから何かあってもすぐに帰って休める。何よりも、側にいて欲しかった。
それなのに杳はそっけなかった。
「何バカなこと言ってんの。ここ、部屋ないじゃん」
「オヤジの部屋、開けりゃいい。どうせ殆ど帰って来ねぇんだし」
「ダメだよ」
「でもな」
杳は心配そうにする寛也を見上げて、少し笑んで見せる。
「大丈夫。今度はちゃんと言えるから。嫌だって言うから」
尚も心配顔の解けない寛也に、杳は困ったように聞く。
「ヒロはオレの言う事、信じてくれないの?」
「いや、信じるけど…」
信用できないのは翔の方だった。いくら杳が否定しようとも、人外の力を持つ者に何の太刀打ちができようか。そんな寛也の内面を見透かすように、杳はまた笑ってみせる。
「ヒロ、知らないの? オレ、竜を封じる勾玉、持ってるんだよ」
地竜王ですら一瞬で封じたその力。
そうだった。杳は綺羅の力を持つ転生者なのだ。エースを封じるジョーカーのようなもの。それは翔の天竜王を相手にしてすら、例外ではないのだ。