第7章
過去、そして未来
-2-
6/14
声をかけると、ゆっくりと顔を上げた。
「あれ、ヒロ…?」
それは余りにもいつもの通りの口調だった。
「『あれ、ヒロ』じゃねぇよ。お前、こんな雪の中で何やってんだ」
「何って…ちょっと息抜き」
「お前なぁ」
丈夫ではなくなっているのに、何故こんな無茶をするのか。寛也は思わず杳の肩をつかもうとして、身を引かれた。
「…杳?」
一瞬、自分の中のわだかまりが強くなる。杳が綺羅であるのなら、自分が拒絶される十分な理由があることを。その考えに捕らわれてしまった寛也に、杳は小さな声で言った。
「ゴメンね、ヒロ…オレ、ヒロの気持ちに応えられなくなった…」
「え? どう言う…」
「ゴメン…ゴメン、ヒロ…」
俯いてしまう杳の声が、次第にくぐもっていく。何かあったのだろうか、それとも――。戸惑う寛也の目の前で、白い雪がその頭に、肩に降り積もっていく。まるでその身を寛也の前から消し去ってしまうかのように。
嫌だと思った。手放したくない、失いたくないと思った。何があっても。
震えているのが分かった。小さく震えて、じっと何かを絶えているようで、その原因が自分にあるのかも知れないとしても――。
「杳…」
脅えているその身を、抱き寄せた。怖がらせないように、そっと。
「ヒロ、ダメ…放して…」
身をよじって抵抗する力も、余り強くはなかった。
「だってお前、俺のこと、待ってたんだろ? ここでずっと」
待ち合わせはキャンセルしたのに、それでも家にも帰らず、ずっとここに止まっていた理由なんて、他にないではないか。寛也に会いたかったのだ。会いたければ家まで来ればいいのに、それができないでいながらも、それでも寛也に会いたかったのだと感じた。
「何か…あったんだろ? 俺の力がいるなら言ってくれよ」
寛也の言葉に、杳は抵抗をやめて顔を上げた。寒さの為か、青白い顔に辛そうな色をして見える瞳。何か言いたそうにするものの、すぐに伏せられて、わずかに首を振った。
「ゴメンね、ヒロ」
それは拒絶の言葉。そしてまた寛也の腕から逃げようとする。
以前から杳が何に苦しんでいるのか分からなかった。これまでも、脅える姿を見る度に、どうしようもなくて、ただただ抱き締めて慰めるしかなかった。なのに、今回はそれすら許してくれないのか。
「杳…」
逃げようとする杳の身体を、力任せに抱き締めた。細い身体が折れてしまうのではないかと思える程に強く。
「ヒロ…放して…苦し…」
顔を上げて訴えようとするその唇を塞いだ。後頭部に手を添えて、逃げられないように力を入れる。
冷たく凍えた杳の唇を、熱い自分の熱で浸していく。