第7章
過去、そして未来
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 声をかけると、ゆっくりと顔を上げた。

「あれ、ヒロ…?」

 それは余りにもいつもの通りの口調だった。

「『あれ、ヒロ』じゃねぇよ。お前、こんな雪の中で何やってんだ」
「何って…ちょっと息抜き」
「お前なぁ」

 丈夫ではなくなっているのに、何故こんな無茶をするのか。寛也は思わず杳の肩をつかもうとして、身を引かれた。

「…杳?」

 一瞬、自分の中のわだかまりが強くなる。杳が綺羅であるのなら、自分が拒絶される十分な理由があることを。その考えに捕らわれてしまった寛也に、杳は小さな声で言った。

「ゴメンね、ヒロ…オレ、ヒロの気持ちに応えられなくなった…」
「え? どう言う…」
「ゴメン…ゴメン、ヒロ…」

 俯いてしまう杳の声が、次第にくぐもっていく。何かあったのだろうか、それとも――。戸惑う寛也の目の前で、白い雪がその頭に、肩に降り積もっていく。まるでその身を寛也の前から消し去ってしまうかのように。

 嫌だと思った。手放したくない、失いたくないと思った。何があっても。

 震えているのが分かった。小さく震えて、じっと何かを絶えているようで、その原因が自分にあるのかも知れないとしても――。

「杳…」

 脅えているその身を、抱き寄せた。怖がらせないように、そっと。

「ヒロ、ダメ…放して…」

 身をよじって抵抗する力も、余り強くはなかった。

「だってお前、俺のこと、待ってたんだろ? ここでずっと」

 待ち合わせはキャンセルしたのに、それでも家にも帰らず、ずっとここに止まっていた理由なんて、他にないではないか。寛也に会いたかったのだ。会いたければ家まで来ればいいのに、それができないでいながらも、それでも寛也に会いたかったのだと感じた。

「何か…あったんだろ? 俺の力がいるなら言ってくれよ」

 寛也の言葉に、杳は抵抗をやめて顔を上げた。寒さの為か、青白い顔に辛そうな色をして見える瞳。何か言いたそうにするものの、すぐに伏せられて、わずかに首を振った。

「ゴメンね、ヒロ」

 それは拒絶の言葉。そしてまた寛也の腕から逃げようとする。

 以前から杳が何に苦しんでいるのか分からなかった。これまでも、脅える姿を見る度に、どうしようもなくて、ただただ抱き締めて慰めるしかなかった。なのに、今回はそれすら許してくれないのか。

「杳…」

 逃げようとする杳の身体を、力任せに抱き締めた。細い身体が折れてしまうのではないかと思える程に強く。

「ヒロ…放して…苦し…」

 顔を上げて訴えようとするその唇を塞いだ。後頭部に手を添えて、逃げられないように力を入れる。

 冷たく凍えた杳の唇を、熱い自分の熱で浸していく。


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