第7章
過去、そして未来
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『ちょっと、ちょっと待てジュン』
待てと言われて待つ程には、今日の自分は温厚ではなかった。寛也に対してはこの人間であった時間も長いので、情がかなり強かった為、他の連中に比べて甘い部分も多いとの自覚はあった。が、杳が関連しているとなると話は別である。
『ヒロは少しくらい痛い目をみた方がいいんだ』
『俺だって思いっきり痛い思い、してるってーっ』
潤也の作り出す竜巻のような風の渦に飲み込まれながら、寛也は悲鳴にも似た叫びを上げる。
潤也が例によって作り上げた異空間結界の中は、都合よくも壊れる建物も自然もない平地だった。その地面に、寛也の炎竜が叩きつけられた。
『いてててて…』
寛也は危うく竜体を解きそうになって、そんなことでもしたら殺されると気を引き締めて、すかさず天上へ駆け登った。一瞬遅れて、その寛也の今いた場所に鋭い風の刃が突き刺さる。
容赦ないその攻撃に、寛也は潤也を見る。
『あっぶねぇだろ。お前、何考えて…』
文句を言おうとする間も与えてくれず、炎竜の身をかまいたちが切り裂いた。痛みが、脳天を貫く。
『くっそー…』
風竜の本気のオーラが伝わってくる。このままでは本当に切り刻まれかねない。かと言って、本気で潤也に立ち向かおうなんて寛也にはどうしても考えられなかった。
寛也は裂かれた傷を修復しつつ、身に力を溜め込む。自分の最も得意とする領域である炎が、全身を包む。
『甘いっ』
短く声が聞こえたかと思ったら、温度を極限まで低くした風が、炎を一瞬で消し去った。
身ぐるみ剥がされた状態の炎竜に、叩きつけられる風の刃。手を、足を、全身を切り裂いていく。それは人身の寛也の身体をも切り裂く程の痛みを伴っていた。
『もういい。もういいから、やめろって』
『ぜんっぜん良くないっ』
容赦ない風の刃から何とか逃れ、寛也は地上に降り立つ。そして、攻撃をしてくる潤也の刃の前で、竜体を解いた。
『!?』
慌てて攻撃の手を止める潤也。いくら何でも生身の身体に向けての攻撃は死に至らないとも限らない。寛也の考えが読めて、舌打ちする。
「もうやめろっ。俺だって分かってねぇ訳じゃねぇんだ。すっげぇ考えたんだ」
「ふざけた事、言わないでよっ」
同じように竜体を解いたかと思うと、潤也は寛也に詰め寄り、その胸倉をつかみ上げた。
「何を分かってんのさ? 杳が綺羅だからって、どうして離れていこうとするのさ?」
「仕方ねぇだろ。俺は…あいつの側にいていい奴じゃねぇんだ」
「ホンットに大馬鹿者がっ」
潤也は怒鳴って、寛也を突き飛ばした。寛也はされるまま、後方に尻餅をつく。
「杳の気持ち、本当に考えたことあるの? 杳はもう、あみやでも綺羅でもないんだ。今の杳自身のことを考えてあげてよ。ヒロ以外の誰もできないことなんだから」
そう吐いて、潤也は横を向く。本当に何も分かっていない甘ったれだと、口の中でつぶきながら。
そんな潤也を、尻餅をついたまま見上げてから、擦りむいた手のひらを握り締める。
「ゴメンな、ジュン」
潤也の気持ちを痛いくらいに感じる。自分と同じくらいか、もしかしたらそれ以上に杳のことを思っているのだ。杳も潤也にだったら任せられる気がする。自分よりもずっと杳のことを分かってやれて、大切にするだろう。自分のように何度も辛い思いをさせたりすることもなく。潤也だったならば。
だけど、本当は分かっている。杳が求めているのは――一番側にいて欲しいと思っているのが誰なのかを。自惚れでも何でもなく。