第7章
過去、そして未来
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 一晩中考えたとしても、結論なんて出る筈もなかった。

 何故今まで気づかなかったのだろうか。考えてみれば思い当たることばかりだ。勾玉を扱えたことも、自分達竜の姿を見ることができるのも、全てあみやにも綺羅にも備わっていた力だった。初めから自分が一番知っていた筈なのに、気づいていなかったのだ。

 こんなにも側にいるのに、いつもいつも気づかない――気づいてやれないことばかりだった。気づかない間に色々なことで傷つけていたのではないだろうか。もしかして杳が寛也のことを好きだと言いながら、それでも尚、受け入れてくれないのは、自分が戦で杳が綺羅だからではないだろうか。綺羅を傷つけ、拒絶したから。だから――。

「ごめんな、杳…」

 つぶやいて、握り締めた拳を見下ろす。もう、この手に杳を抱き締められない。そう思った。

「ヒロ、冬休みだからっていつまで寝てんのさーっ」

 プライバシーもへったくれもあったものではなく、ノックもせずにドアを開け様に潤也が怒鳴った。

 昨夜、もう一度寛也の説教をしにやって来て、煮え切らない寛也に腹を立てて出て行った潤也は、今朝もまだ不機嫌なままのようだった。

「ちょっとヒロ、電話なんだけど。杳から」

 それだけ言って、寛也の顔も見ずにドアを思いっきり閉めた。

 殆ど眠っておらず、ぼんやりする頭で時計を見やる。もう10時を回っている。

 本当はもうずっと先程から気になっていた。杳との約束。

 ――何があっても守るから。

 そう約束したのに。自分に誓ったのに。初めてそう思えた相手だったのに。その約束を自分から破るのだ。

 あの時の、心細そうな杳の顔が思い起こされて、胸を締め付ける。

 もう一度自分は杳を裏切るのだ。

 そう決意して寛也は腰を上げた。


   * * *


『あれ、何でまだ家にいるの?』

 電話の杳は、いつもと同じトーンの声音だった。怒っている様子でもなかった。

「ごめん、杳。俺、今日…用事あるの、忘れてて」
『…え?』

 寛也の嘘をどう受け止めたのだろうか。一瞬だけ言葉に詰まった様子だったが、それからすぐに返ってきたのは、あっさりとした口調だった。

『そうなんだ? 仕方ないよね』

 ハッとする。文句のひとつも言われると思っていたのに。昨日の寛也の言葉を思い出せば、嘘つき呼ばわりされても怒れないものなのに。

「悪ィ。あの…連絡すれば良かったな」
『いいよ。無理言ったの、オレの方だし』

 違う。本当は、違うのだ。

 それなのに、心の中の言葉は声にならない。

「ホントにゴメンな」

 謝ることしかできなかった。

 電話を今すぐ切ってしまいたい。が、その反面で、離したくない気持ちも大きかった。これを切ってしまえば、杳との関係も切れてしまうのだ。

『あのね、ヒロ』

 迷う寛也に、ふと、杳の声調が変わったのが分かった。寛也の嘘を本当は見抜かれてしまっているのだろう。それを問いただされると思ったら。

『やっぱり、いい…』
「杳?」
『用事、あるんだろ? じゃあね、ヒロ』
「あ…」

 止める間もなかった。切るに切れなかった電話は、プツリと回線の切れる音が受話器から聞こえたと思うと、後は空しい不通音が流れてきた。

 もっと責め立ててくれたら良かったのに。いつもなら文句ばかり言ってくる癖に、どうして今日に限ってあっさり引いてしまうのか。

 杳の声が聞こえなくなった受話器を握り締めて、寛也は立ち尽くしていた。

 その様子を不審そうに潤也が見やっていたのにも気づかなかった。


   * * *



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