第6章
羽化
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「で?」

 一通り片付けて、掃除をして居間に戻ると、まだ帰らないのか佐渡が待っていた。もう茶も飲み終わっただろうにと潤也が睨むが、ニヤリと笑って返しただけだった。

「でって、何だよ?」

 座布団に座り込んでから聞き返したのは寛也だった。自分へ向けた質問の意味が分からなかったので。

「杳を抱いたんだろ? どうだった?」

 踏ん反り返っていた寛也は、佐渡のこの言葉に思わず咳き込んだ。何を口にしていた訳でもないのに、唾液が喉に詰まってしまったのだ。

「涙流す程、うれしかったのかよ、こいつは。アパートまでぶっ壊して」

 呆れ顔を向ける佐渡ではあったが、その目は嫉妬の色が顕著だった。頭では分かっていても、感情はどうしようもないのだろう。だが少なくとも杳の身体が寛也の復活した力のお陰で持ち直したのは事実で、その力は佐渡にはないものなのだ。だから、せめてもの応酬だった。

 その佐渡に、寛也はボソリと返す。

「してねぇよ」

 聞き間違えたかと、身を乗り出したのは佐渡だけではなかった。

「杳にそんなに嫌がられたの?」

 心配そうな言葉とは裏腹に、潤也の口元は緩みかけている。

「お前、下手くそそうだもんな」

 納得したように佐渡は座布団に座り直した。

 何も二人揃ってそんな言い方はないだろうと思った。しなくても羽化できたのだから、そこの所を褒めて欲しいくらいなのに。

「何にせよ、杳が無事ならそれでいい。封印を解いてもらうのは今度でも良いし、俺、そろそろ帰るわ」

 言って、ようやく佐渡が立ち上がった。と、ふと思い出したように振り返る。

「そう言やあ、あのチビ、今日は一緒じゃなかったのか?」
「チビ?」
「ああ。杳の従兄弟って言う…」
「あーっ、忘れてたーっ!!」

 寛也は大声を上げて、思い出した。確かショッピングモールの屋上で倒れた杳の為に救急車を呼んで迎えに行ったきりだった。

 その翔は消防署から厳重注意をされ、自宅へ連行されて行ったとは、三人は知る由もなかった。





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