第6章
羽化
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 寛也はベッドの上にのぼり、杳の身体に負担を掛けないよう、その身を跨ぐように上に乗る。

 唇を割って、杳の口中に舌を滑り込ませた。反射的に逃げようとするのを、強く抱き締めてから、舌を絡ませる。冷たく、熱を失ったかのような肌と同じく、口中もどこかひんやりした印象を与えた。

 寛也はその、ぞっとするような思いを打ち払う。

 ――杳を死なせたりはしない。

 寛也は自分の生命と交わるようにと、深く舌を絡めて、杳を浸していく。

「ん…んん…」

 鼻を抜ける甘い声が聞こえて、唇をそっと離した。

「苦しいのか?」

 至近距離で見つめるその顔は、少し苦しそうだった。それなのに目元がわずかに朱の色を見せていて、その艶やかな目を寛也に向けてくる。

「平気…」

 潤んだ瞳が寛也を捕らえる。深い色をした、懐かしくて切ない人を思わせる瞳のまま。あの瞳のようにまた失ってしまうのではないかと言う思いが広がる。何度打ち払っても、すぐに思い起こされてくるのは、何故なのか。

 杳を見下ろしたままの寛也に、そっと頬に触れてくるのは杳の細い指先。身体と同じように熱を失って、ひんやりしたままだった。その指が、寛也の頬を優しく撫でる。

 こんなにも、心も身体もボロボロで、それなのに杳の手はひどく優しかった。ともすればこのまま甘えてしまいたい気持ちにさせる。

 このまま、流されるままに杳を抱いて――。

 そうすれば、竜の力も戻ってくる。杳に力を与えることもできる。ずっとずっと、失わずにいられる。側にいられる。だけど、その為には――。

 迷う寛也の答えを待つように、杳は何も言わないでただ、見つめてきていた。

「杳…俺のこと、好きか?」

 聞くと、わずかに笑んで見せる。余り表情はなかったのに、ひどく奇麗だった。それなのに、返ってきた言葉は答えなどではなかかった。

「怖じけづいたの?」

 違うと否定しようとして、杳の腕に抱き寄せられた。

「何回言えば分かるのさ、ばかヒロ」

 耳元に唇が近づく。小さな息遣いに混じって、囁かれた甘い言葉。

「好きだよ。誰よりも、ヒロが好き…」

 その言葉に満たされていくのを感じた。身の内に熱い思いが沸き上がる。

 杳の絡まる腕を解いて、寛也は顔を上げた。

 見つめてくる瞳をしっかり捕まえて。

「お前に、呪をかけるよ」

 突然の言葉に杳は少し驚いたように目を見開く。その杳に、寛也は笑ってみせる。

「お前が死んでも、何度も何度も、俺の側で生まれ変われるように。その度に俺はお前を見つけだしてみせるから。だから…」

 胸に込み上げてくるものに言葉を詰まらせる寛也の目元に伸ばされる杳の指先。その指が濡れていくのが見えた。

「ヒロ、それ、マジでウザイから」

 可愛くないことを言うばかりの唇を、自分の唇で軽く塞ぐ。

「だったらお前が俺を見つけ出してくれよ。阿蘇で会った時みたいに」

 目を細めて見つめる寛也に、杳は次第に頬を染めて、慌てたように目を逸らす。

「メンドーだから、やだ」

 本当に可愛くないと呟いて、もう一度口付けた。


   * * *



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