第6章
羽化
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「それがどうした?」

 寛也はしまったと思うものの、潤也が気にしていないことに、自分も開き直る。

「やれやれ。これじゃあ、杳なんて狙ってたら、俺の方がやられちまうじゃねぇか。もしかしてあの妙な技を使うチビも竜か?」

 元々、半分バレていたのかも知れない。佐渡は口ほどには驚いた様子もなかった。

「お前はどのガキだ? 今頃 繭になってんじゃ、出がらしの戦闘能力皆無の年少組だな?」

 からかうような口調に、潤也が低く答えた。

「末の炎竜だよ。聞いたことくらいはあるだろ?」

 潤也の言葉に、佐渡が一瞬だけ身を引いたのが分かった。何事かと寛也が思って見やった時には、既に平然とした表情だった。

「ああ。俺が生きていた頃は、まだヨチヨチ歩きのションベン小僧だったがな」

 ムッとする寛也。いつもいつも、雛だの子どもだのと言われ、気に入らない言葉だった。その寛也の内心を読み取ったように、佐渡は続ける。

「むくれてんじゃねぇよ。だからガキだってんだ。悔しかったら大人になれよ。童貞も捨てて」

 最後の言葉は、嘲笑を含ませていた。

「あれだろ? 精神の成熟を促す為に肉体を成熟させるってんだよな? ま、こいつの場合、こっちの方向は未熟過ぎるんで、上手くいくとは思えねぇけどな」

 口が過ぎる佐渡に寛也がつかみ掛かろうとするのを制したのは潤也だった。

「杳が相手だよ。不満はないよね?」

 言われて、思わず目を逸らす。

 潤也から言われたのは、佐渡の言う通り、精神体である竜体の成長を促す為に、現在の肉体を成長させる。それによって刺激を受けた竜体が羽化すると言うものだった。それにはかなり刺激のきついことが必要で、今の寛也には、この方法は打ってつけだったのだ。

 これまで杳に触れようとしたことがない訳ではない。その時の杳の様子が必要以上に脅えていて、結局何もできない状態だったのだ。だから杳とのとの関係はゆっくりじっくり進めていきたかったのだ。何よりも杳の為に。それなのに、いきなり杳を抱くなんてできる訳もない上に、脅えさせたくもなかった。

 いくら、その命を助ける為に必要なのだと言われても。

 もちろん他の者を相手にするなんて、まるっきり考える気にはなれなかった。寛也にとって杳だけが唯一だったから。

 しかし、そうだからと言って――。

 寛也にはとてもどちらかを選ぶなんてことはできなかった。

 答えない寛也に、呆れたように言ったのは佐渡だった。

「アイツを見殺しにするつもりなら、そのままいい子でいればいい。せいぜいキレイな思い出でも作って、アイツの短い人生を見送れよ。それでいいんならな」

 言って、佐渡は拳で卓を殴る。

「いいわけ、ねぇだろ」

 自分だとてそんなことは我慢できない。杳を失うなんて考えられない。だが、それと同じくらいに杳の心も大切にしたかった。

「だったら決めろ。決められねぇで立ち止まってんのは、逃げてんのと同じだ」
「逃げてるわけじゃねぇよ…」

「逃げてんだろ? 杳に嫌われるのが嫌で、怖がられるのが嫌で、自分の思いもぶつけられねぇ。結局は、いい格好しぃなだけじゃねぇか。そりゃあ、杳も安心するだろうな。お前みてぇな安全パイはよ」

 男としては相当に屈辱的な言葉である。寛也は怒る思いもあるが、それでも――。

 握った拳が白くなっていくのを、潤也がため息をついて、ポンポンと軽くたたいた。

「もういいよ、ヒロ」

 顔を上げると、潤也は笑顔を浮かべていた。

「後は少しでも長くあの子の側にいてあげて」

 言って寛也を立たせる。寛也は憮然としている佐渡をちらりと見やって、潤也に顔を向ける。

「あのな、ジュン」

 居間から出て行けと背を押されながら。

「あいつ、ずっと脅えてんだよ、他人を。自分以外の誰もかも。俺はそれごとあいつを守りたいんだ」
「…そう」

 短く答える潤也の声が聞こえた。知っていたのだろうか。寛也はそのまま部屋を追い出された。


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