第6章
羽化
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 居間には茶と茶菓子を出されて、佐渡が居座っていた。何だ、まだ帰っていなかったのかと心の中で思いながらも、潤也に促されて寛也も卓についた。

「率直に言うとね、ヒロ」

 出されていた茶菓子に手を出そうとする寛也を止めることなく、潤也は厳しい顔のままで切り出した。

「杳の状態、良くないんだ」

 摘まんだクッキーの小袋を思わず取り落としてしまう寛也。

「今日もね、翔くんが言うから…外で何かあった時、ヒロ一人じゃ対処できなくなったら困るだろうからって、僕達も付いていったんだ。せっかくのデート、悪いとは思ったんだけど」

 付いてきて良かったものか、悪かったものか。苦笑混じりに呟いて、潤也は続ける。

「翔くんは反対しているんだけど、僕はそれでも杳に生きていて欲しいんだ。だからヒロ、羽化して」

 真剣に見つめてくる潤也の顔をしばし見やる寛也。言葉の意味を整理しようとして、突然に思い出した。昼間、潤也から聞かされた話を。寛也の今の繭状態から強制的に脱する方法があるのだと。

「いや、あれは…その…」

 思わず顔が熱くなる。

 どこまで知っているものなのか、佐渡は黙って二人のやり取りを身ながら茶をすすっていた。

「杳を失ってもいいの?」
「でもな、いきなり言われても…」

 怖じけづいている寛也に、潤也は身を乗り出して、寛也の胸倉を掴み上げる。

「男なんだから、童貞なんてとっとと捨ててしまいなっ。大事に取っておいたって、腐るだけなんだからっ」

 途端、飲んでいた茶を、佐渡が吹き出した。それを横目でジロリと睨んでから、潤也は寛也を掴んでいた手を放す。

「冗談じゃないんだよ。杳はヒロの力しか受け入れないんだ。だったらヒロが成竜になるしかないんだ」

 竜の繭は雛竜から成竜になる為の成長過程であるとは、竜の力が使えないと知った時に初めて聞かされた。いつか自然に羽化するものらしいのだが、強制的にそれができるのだと、今日、潤也から聞かされた。その方法が――。

「いや、でも、それって…俺、まだ17だし」
「何千年生きてて、どの面下げて17だなんて言ってんのさ?」

 もう一度潤也が寛也につかみ掛かろうとする寸前、ハンカチを出して口元を拭きつつ、佐渡が口を挟んできた。

「成る程ね。結崎、お前も竜か?」


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