第6章
羽化
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「お前、杳のこと好きだよな? 傷つけたりしたくねぇだろ?」

 言われて佐渡はハッとしたような顔をする。

 これまで杳を襲っていた獣神が佐渡の命令で動いていたのだと気づいていないのだろうか。それとも――。

 こいつに本当に勝てるのだろうかと、佐渡は思った。勉強や力等ではなく、気持ちの意味で。学校祭の時に、その身ひとつで見も知らない生徒を助けようと突っ込んで行った、この大馬鹿者に。

「お前に言われるまでもねぇよ。おら、どけよ」

 佐渡は潤也を押しのける。潤也は不審そうな表情を崩すことなく、渋々ながらもその場を譲った。が、その目は事あらばすぐにでも潰そうと予断なく佐渡を見ていた。

 そんな潤也には目もくれず、佐渡は杳の手を取って、少し眉をしかめる。先程触れた時にも感じた、その冷たさ。そっと額に触れてみる。

「封じられちまってるから、ちょっと本気は出せねぇけどな」

 それでも身に沸き立つ気が寛也にも見えた。その気に、一瞬目を奪われた。

 自分達と似た竜のオーラと杳は言ったが、小さいながらも気の力は自分達よりも濃いもののように思われた。自分達のように、半分が人間の血の混ざった身ではなく、生粋の竜の気を持つ父竜の身体の一部から作られたと聞く青雀に、本気で戦って、今の自分で勝てるかどうか疑問に思った。

 その濃い気の力が、それでも杳に向けられるものは柔らかな気配に変わっていて、杳の身を包むように流れていった。

 それが――。

「何っ!?」

 バチッと音がするとともに、気の流れが弾かれた。跳ね返って来た自分の力に、佐渡は思わず杳の手を放した。

「どうして…」
「杳には癒しの力は通じないんだ。勾玉のお陰でね」

 簡単に言って、潤也は佐渡を押しのける。呆然としたまま、佐渡は自分の手のひらを見つめていた。

「こいつ…もしかして…」

 じっと考えてから、声をかけてきた。

「とにかく、場所、移そうぜ。どっちにしても、こんな寒空の下にいたんじゃ、凍えちまう」

 佐渡が声をかけて立ち上がるのを、寛也と潤也は見上げる。

「車をこっちに回してやるから、俺んち、来いよ」

 言って、佐渡は手のひらを握り締めた。


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