第6章
羽化
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「どうかしたの?」
何もなす術もなくおろおろしている寛也に、潤也の声が聞こえた。顔を上げるとすぐに駈けよってくる。その後ろを佐渡も何事かと追ってきていた。
潤也は寛也が座って杳を抱き抱えている横に膝をついて、その顔を覗き込み、眉の根を寄せた。
「朝から余り元気がない様子だったからね」
「えっ?」
そんなのは全く気づかなかったと言いかけて、ハッとする。どこかで、疲れたと言ってなかっただろうか。あれがもしかして本音だったのだろうか。
状態を検分するように、潤也は杳の額に手を添える。寛也はそれを恐る恐る見やって聞く。
「大丈夫そうか…?」
潤也はチラリと寛也を見やって、すぐに杳に視線を戻す。
「大丈夫なら倒れたりしないよ。本当にこの勾玉、引きちぎってやりたい」
忌ま忌ましそうに言う。これさえなければ潤也や翔の癒しの術を受け入れることもできるし、父竜に狙われることもないのだ。
潤也は杳の手を取って、無駄だと知りながらも癒しの術をかける。しかし、その力を拒むように、術は潤也自身に返されてくる。
「俺が…やってみようか…?」
それまで黙って見ていた佐渡が、遠慮がちに声をかける。その佐渡を振り返ることなく、潤也は問う。
「君に癒しの力があるの?」
父竜――殺戮の神の左足で作られた鳳凰である身で。その潤也の言葉の意を解して、佐渡は肩を竦めて見せた。
「右手は剣を振るう手だが、左は盾持つ手だ。守りが俺の本来の力だ」
天竜王と地竜王の関係と同じだと付け加えて、杳の手を取ろうとした寸前に、潤也にその手を叩かれた。
「やっぱり信用できない」
「おいおい。大人げねぇぞ、凪。こんな非常時に襲うとでも思ってんのか?」
「君ならやりかねない」
潤也の言葉に佐渡は呆れ顔だった。その佐渡を見上げてくる寛也。
「やってみてくれよ」
「え?」
潤也が驚くのを横目に見やって、続ける。
「どんな方法でも、杳を助けてやりたい」
多分、ずっと苦しんでいただろうに、何も言わず、顔にも出さない杳。そんな身で、命を縮めると気づいている筈なのに、何度も勾玉の力を使ってしまう。
「ヒロ、でも、彼は…」
「俺は青雀なんて知らねぇし、杳だって関係ねぇだろ。ただこいつは下品で手が早くて、杳のこと何度もいじめやがって許せねぇけど」
「苛めてんじゃねぇけど…」
佐渡の突っ込む言葉は、寛也には聞こえなかった。