第6章
羽化
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寛也の問いに、杳は視線を向けないまま返す。
「あんなヘンタイ野郎、少しくらい痛い目を見ればいい。だけど…戦いは、嫌い」
ああ、そうなのかと思った。勾玉をその身に取り込む程の人間は、その勾玉本来の願いを受け継ぐ者なのかも知れない。
あの戦いの最中、それでも翔を説得するのだと杳は言い続けた。だから、それに影響されたかのように自分達もなるべく戦いを回避できる方法を模索したのだ。
杳は自分達にとって、一体どういう存在なのだろうか。自分にとっては何者にも代えがたい大切な存在なのは自覚している。が、もっと何か重要なことに気づいていないのではないかと思われてならなかった。
「今の俺にできることなんて、ねぇんだけど…」
寛也の広げた手のひらに、静かに姿を現す竜玉。それは、やんわりと赤い光を放っていて、小さな小さなその玉をぎゅっと握り締めてから。
「くらえ、てめぇらっ! ヤケドしたって知らねぇからなっ!」
言って、それを見えざる結界の壁へと投げ付けた。いきなりだった。
何をしでかすのかと唖然とする翔と、アッケに取られた杳の見ている前で、赤い竜玉は寛也の手を離れて、一直線に空を駈けた。
バリンッ。
硝子の割れるような音とともに、ガスのように曇っていた視界が一気に晴れて、そこに二体の巨大な獣が姿を現した。潤也の風竜と、佐渡の青雀と。二体はいきなり破られた結界に、慌ててもう一度結界に身を隠そうとする。その前に、寛也の横から飛び出していく姿。
「あ、おいっ」
止める間もあらばこそ。杳は屋上のフェンスにしがみつくと、二体の獣に向けて右手を差し出した。
まずいと、咄嗟に思った。勾玉の力を使う気だと。
「ばかっ、やめろっ」
慌てて寛也は追いかけて、その身を捕まえるのもつかの間、寛也は弾かれたように杳の身体を放した。
「杳…」
見やったその身から、ゆるやかに気が立ちのぼるのが見えた。勾玉の力なのだろうか。そう思った直後、上空で異変が起こった。
その時まで頭上を舞っていた風竜と青雀の姿が、一瞬でかき消された。そして、人の姿がそのまま空から落ちてくるのが見えた。
「まずいっ」
咄嗟に翔の気が膨らんだかと思うと、その場所から姿を消す。上空から落ちてくる潤也の側に現れ、次の瞬間には潤也を連れて元の場所に姿を現した。
寛也はそれをちらりと見やって安心してから、杳の方を振り返ってギョッとする。
潤也と一緒に封じた佐渡も同じように人の姿に戻って、天上から落下していた。幸か不幸か、青雀のいたのはちょうどこの建物の真上で、落下してくる先はこの屋上駐車場のようだった。それを追うかのように、杳は駆け出していたのだ。
寛也は後を追って、杳の身体を捕まえた。