第6章
羽化
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 目の前にある自分より身体の小さなものに、恐怖を感じることはなかった。もちろんその力は自分と互角にあったと思うが、かつて勝利をおさめたのが自分であったことがその根底にあった。

『お前らが俺達に刃向かう理由が分からねぇ』

 ふと語りかけてきた青雀に、風竜は長い尾をうねらせてから返す。

『理由? 杳を散々襲っておいて、どういう言い草?』」

 呆れた様子の風竜に、青雀――佐渡はいつもの口調のままだった。

『殺す気なんてある訳ねぇだろ。俺だってアイツに惚れてんだ』

 だからとってその責を免れると言うものでもなかろう。自分は青雀に敵対しようとしている訳ではない。杳を狙う者だから、それを守る為に戦うのだ。その昔、そうであったように。

『お前らは父竜の子じゃねぇか。綺羅も母女も死んだ今、何を逆らう理由がある?』
『それを言うなら、父竜の目的も潰(つい)えたと思っていいって事だね』

 それならば戦う必要もない。しかし本当にそうなのだとしたら、杳を狙う理由がつかない。

 父竜が勾玉を恐れるのは、自分が封じられるのを恐れる為である。つまり、勾玉を持つ者を狙うと言うこと自体が、未だに終結していない証拠なのだ。

『さあ、どうかな』

 青雀は言葉を濁して、相手を見据える。

『俺達に命じられたのは、勾玉を消し去ることだ。それ意外は何も知らねぇよ』

 本当にそうなのだろうか。どちらにしても、一義的な目的は杳の身にあるのだろうことは知れた。ならば、自分の選ぶ道は決まっている。

『杳は渡さないよ』

 その一言が合図だった。

 風が渦巻き始めた。


   * * *


 風竜の方が先に動きを見せた。その巨体をうねらせて咆哮するとともに、逆巻く風に重みが増したのが感じられた。途端、その風が青雀の身を取り巻き、押し潰していく。

 ギギギと、クチバシを噛み合わせるのが見えた。

「よしっ」

 風竜の優勢に、寛也は思わず握り拳する。その腕を掴む手があった。見ると杳だった。

「ヒロ、とめてよ」

 真剣な目付きで見上げてくる。ひどく悲しそうで、この目はどこかで見たことがあると思った。

「止めろって言われても…」

 今の自分には竜の力は出せない。ましてや手の届かない所に張られた結界の中である。声すら届かないだろう。

「心配しなくてもいいよ、杳兄さん。その昔、青雀にとどめを刺したのは凪だから」
「そうじゃなくってっ」

 杳は翔の手の中の球から、上空に見える結界へと視線を移す。

 多分、普通の人間が見たらただのガスか何かで曇っているだけのように見える上空。潤也の張った結界の不透明な壁の向こうに、潤也達の気配を感じた。その杳の横に立つ寛也。

「心配か? 佐渡が」


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