第6章
羽化
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「杳っ」

 佐渡に肩を抱かれるようにしてゲームセンターを出ようとしていた所で名を呼ばれた。振り返ると、そこに潤也が立っていた。潤也は二人の様子に眉を吊り上げたかと思うと、ずかずか近寄ってきて、杳の腕を取った。

「どこへ行くの? ヒロ達、心配してるよ」

 その手を払ったのは佐渡だった。そのまま杳を自分の腕の中へ取り込む。

「杳は今日から俺と付き合うようになったんだ。関係ねぇ奴はすっこんでてもらおう」
「な…っ!?」

 佐渡の言葉に驚いて、潤也は杳の方を見やる。本当かどうか、杳自身の口から聞かなければ納得しない表情の潤也から、杳は顔を背ける。

「本当。だから、翔くん達には先に帰ったって言っておいて」
「馬鹿なっ」

 潤也はもう一度杳に手を伸ばそうとするが、佐渡に阻まれた。睨む潤也に佐渡は勝ち誇ったように返す。

「と言う訳だから、杳は連れていく」

 そして、出口から出ようとして、今まで開かれていたドアが目の前でいきなり閉じられた。まるで、外から強い風が吹いて、ドアを押したかのようだった。

「杳、自分が何をしようとしているのか分かってるの? そいつは…」
「分かってるよ。でも、潤也には関係ない」
「杳っ」

 その腕を取ろうとして、また佐渡に邪魔をされる。

「引っ込んでろって言ってんだろ。杳は俺がもらう」

 そう言って杳の肩に手を回し、閉じられたドアを開けようとして、佐渡は後ろから肩を強く掴まれた。

 振り返って、潤也を睨む。

「やるのか?」

 佐渡の言葉に、はっとして顔を上げたのは杳だった。

「喧嘩なんて野蛮なことはしない。やるなら別の方法でしないか?」

 乱闘になるのではないかと心配していた杳は、その潤也の言葉にホッとして、そして次に潤也の口から出て来た言葉に青くなる。

 潤也はあくまでも冷静なままの声だった。

「脅しただけじゃ、効かないようだから、たたき潰してあげるよ、青雀」

 潤也の言葉に驚くと思っていた佐渡は、意外にも平然と返してきた。

「お前らの中のどいつかとは思っていたが、お前か」

 ニヤリと笑った顔が、人ではないもののように見えて、杳は一歩引く。その杳をあっさりと腕の中から解放して。

「悪いが、一匹、片付けさせてもらう」

 ぞっとするようなことを平気で口走り、潤也に向かう。

「杳を巻き込みたくねぇだろ? 結界、張れよ」

 睨むように佐渡を見やる潤也は何も答えず、先程、風の力で閉めたドアに手をかける。

「ちょっと待ってよ、潤也」
「杳、邪魔しないでよ」

 言って、先に外へ出た。佐渡がそれを追いかけて、出口で杳を振り返った。

「ここで待ってろ。あいつを倒したら、迎えに来るから。今夜は楽しい夜にしようぜ」

 口の端を吊り上げて言うと、佐渡はそのまま外で出た。

 杳はアッケに取られたまま、見送ってしまった。

 何故潤也があっさりと正体をばらしたのか分からなかった。前にはあんなに逃げ隠れしていたのに。しかし、その実は前回と違って今回は直自分が関わっているのだとは気づかなかった。

「っとに、もうっ」

 とにかく、放ってはおけなかった。邪魔をするなと言われてハイそうですかと引き下がる自分ではないのだ。

 杳はドアを開けて、外へ飛び出した。そこに、二人の姿はもうなかった。

 辺りを見回してみる。こんなにも早く見えなくなる筈はないと考えて、まさかと思って上空を見上げた。そこに、目に見えない結界を見た。

「潤也の奴…」

 竜の結界すら平気で擦り抜けた経験のある杳への対策か、杳の手の届かない上空にそれはあったのだった。


   * * *



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